2019年9月22日日曜日

たぶん疲れている

唐突に自分の愛している美しいものに触れながら死んでしまいたくなる時がある.純粋に美しいとしか思わないようなもの.

映画なら,「天国の日々」とか.
音楽なら,ゲンズブールとバーキンの作り出した世界とか.
詩なら,立原道造とか.
小説なら,「斜陽」……いや,「風立ちぬ」,「冬」,「死のかげの谷」……,それとも「美しい村」か「菜穂子」か.

こんな風に,美しいものを並べてみたとき,これらの美しい世界が自分より若い人間によって生み出されていたのだと思うと,どんよりと頭が重くなるのを感じる.

……こういうときは,たぶん,疲れている.

2019年8月25日日曜日

突然書くし,唐突に書かなくなるよ

まぁ,そんなもんです.

こういうところに文章を書いていないと,どんどん自分がバカになってきているような気がするので,そういうタイミングで書き始めるようになるものだと思っていただければ.

乙女ども

「荒ぶる〜(原作)」が佳境.思春期と性の女視点もので,狭い人間関係の中でドロドロとさせたところをどうやって解決するのかと思ったら,学校バリ封とか,ファンタジーに走って,大事の中の小事にしてしまったのが残念でならない.

2019年3月24日日曜日

劣化再生産

全てが,とはいわない(前提).

その昔,漫画の文化を作ってきた世代が,小説とか映画とかで育って,それらを学んで,漫画にいかしてきた歴史がある.

で,漫画を読んで漫画を学んできた人たちが作る漫画がどうなるのかというと…….

世代

完全に若者ではなくなったという事実は,明確に数字(年齢)で定義される本当の若者と会話をするとわかるんだな,とひしひしと感じる今日この頃.

単純に生きている時代の差だけではない何かが,10年の年齢ギャップにはある.

他意はない

ちょっと不細工な女の子が,めちゃくちゃベタなコード進行で,なんの捻りもないどストレートな自分見つけちゃいました系歌詞をがなるのが定期的に流行るのは一体どういう現象なんだろう?そろそろ,だれか,分析して現象に名前をつけない?

個人的には,こういう系より,西野カナの方が作詞家として評価できると思っている.

2019年2月17日日曜日

芸術との対峙

そんなわけで,連休中は芸術に親しんできたのだけれど,そういう場に足を踏み入れると,いつも感じることだけれども,何故,こうも教養もなく展覧会に足を運ぶ人間が多数存在しているのか,ということ.

まぁ,絵画展なら,まだわかる部分もある(それでもクソうざいけれど).教養がない人でも,意味がわからない人でも「絵だ」程度の感嘆は得られるかもしれないし,具象的描写があれば「何が書かれているか」の表象は理解できるだろうから.

でも,書道に関して教養がない人間が顔真卿展に来るのは違うだろう,と.少なくとも,顔真卿展に来ている書道ガチ勢が,静かに展示を見るのを邪魔する権利は無教養な人間にはないはずだ!(激怒)

しかし,本当に,あーいう奴らってなんなんだろうと思うよね.美術館でも,博物館でも,どこにでも現れるあの生き物たち.

絵でも書でも化石でもなんでもいいんだけれど,それらについて教養が全くないし,現れた展においても学ぶ気もない,そういう行為に彼らを駆り立てるものがなんなのか,本当に,純粋に興味がある.単純に,順当に興味があって来る人の観覧の邪魔をすることが趣味とかなんじゃなかろうか?

自分も博物館に勤めた経験があるので,アレが金を落とすということは知っている.知っているが,貴重な資料や芸術作品をリスクにさらしてまで,本当に,あんなバカどもの金が欲しいのか,と,そういうことを考えてしまう.

まぁ,この辺は,私が,若い人以外に向けたアウトリーチに否定的だからという部分もあるのだけれど,本当に,一考すべき問題だと思っている.