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2022年6月11日土曜日

自分のことを客観視しないから人は生きていける

 実は先日,仕事がらみでテレビカメラに写ったのだけれど,たぶん,オタク特有の早口でしゃべる 100 kg 超のデブが写っている映像なので,そんな現実は直視せずに生きていたい私は,その映像を見ることはないでしょう(そもそもテレビ持っていない).

なお,すでに放映は終了しているので,たまたま見た人以外は,見ることはないはず.

しかし,テレビに映る仕事の人って,常に自分(の仕事)を客観視しながら生きているって考えると「すげーな」と思う.

2020年8月4日火曜日

うーむ

立て続けに師匠筋の大先生の訃報が届く.一般的に言って,大往生のご年齢とはいえ,気が滅入る.

2019年1月20日日曜日

センター試験の日,らしい

というわけで,自分がセンター試験を受けた頃のことを,例のごとく,辿ってみようと思ったんだけれど,もう 17 年も前の話になるのね.

17 年前というと,いま,35 歳の私からすると,だいたい,人生の半分,折り返し地点になるわけだ.そういう意味では,それ以前の自分と,それ以降の自分は結構変わった生き方をしてきたような気がする.少なくとも,18 歳,高校 3 年の頃の自分は,自分が地質学者になるなんてこれっぽっちも考えていなかった.というか,地質学なんて学問は認識していなかった気がする.もっというと,化学とか物理とか,清廉な化学こそが美しいと思っていて,地質学みたいな雑で不細工なものに美学を見出していなかったというか(まぁ,この辺は長くなるので割愛).

そもそも,35 歳まで生きているつもりなんかなかったよね.そういう意味で,いま現在は,晩年,余生を生きているようなもんだし,実際,そう思っているから,その辺の,自分の生き方の芯の部分は変わっていないとも言えるのではないだろうか.

2018年9月9日日曜日

7 年ぶり 2 回目の話

9/6 未明に発生した平成 30 年胆振東部地震に札幌市内で巻き込まれたブログ主がこちらです.震災と呼ばれる規模の地震に被害の中心地近くで巻き込まれるのは 7 年ぶり 2 回目です.自宅は,札幌市内でもわりと早く電気が復活したので(9/7 未明頃?3 時に起きた時に通電を確認),現時点では,全くもって被害がなく,すでに日常感が溢れていますが,とりあえず「生きていますよ」という報告です.

記録というか備忘のために私の経験した出来事を時系列を残しておきましょう.半分以上,地質学会批判です(笑).これでも,だいぶ批判はマイルドにしたよ.

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9/6 未明(3:00 頃):強烈な揺れで目覚める.とりあえず,寝所の両脇にあるものを抑えながら揺れが収まるのを待つ.揺れながら,「長いな.震度は 5 強〜6 弱かな.このくらいなら大したことないな」と思っていたが,この辺は,前震災の余震地獄で培った感覚.すぐに気象庁サイトで規模を確認したら,震度予想はドンピシャだった.

気象庁やら USGS やらのサイトで震源を確認し,「石狩東縁にしては深いな,1年くらい前にもこの辺のこの深さで揺れたな」ということを考える.そんなこんなの簡易的な情報収集をしているころ,揺れの 10〜20 分くらいあとに,(なんの前触れもなく)急に停電になって,「あれ?」と思う.地震による停電は,前回,経験済みなので,それと比べて違和感があった.とはいえ,夜中の 3 時に起きていても仕方がないので就寝(余震があろうが眠れるのも前回の震災で培った能力.嫁はろくに眠れなかったらしい).

9/6 6:30 頃.普段通り目覚める.停電から回復していないことを確認.うちは運良く,電気のみ不通の状態で,水は水圧分配なので無事,火についてはカセットコンロやらキャンプ用のガスストーブやらがゴロゴロしているのでいくらでも使えるという状況でした.

ラジコで NHK AM を確認すると,震源付近の斜面災害と全道停電という,想像以上に大きい被害状況を知る.と同時に,「今回の地質学会は飛んだな(確信)」と思う(9/5〜9/7 の日程で,地質学会の 125 周年記念大会が北大にて開催中でした).

とはいえ,本当に学会が飛んだか確認しないといけないので(ホスト側の実行委員の一人だったし,その日の午前に講演予定だったし),8:00 前に会場に「中止を確認に」行く.

会場について,今回の仕切りをやっている先生に「今日は当然中止ですよね?」と聞いたら,「午前 8:00 に停電が復帰しなければ午前中止.11:00 時点で復帰していなければ午後も中止.ポスターは貼っていてもいいことにする.電気が復帰すれば学会はできるでしょ?」などと,間の抜けた回答が帰ってきたので,思わず「(この状況で危機感がないとか)馬鹿ですか?」と返答してしまう.付き合いきれんと思いつつ,8:00 で停電継続,午前中止を確認してから,職場に移動する(講演予定があったので,一応,中止が確定するまではクソ茶番に付き合ったよ!).学会の連中は,地質災害の真っ只中で,地質学者が集まってワイワイしていたら,世の中にどう思われるのか理解できないのか,と.

職場に着くと,とりあえず,所員の安否確認とか,緊急調査の会議とか,現状被害の情報収集とか始まっていて,「当然だけれど,まぁ,地質関係機関として,これが正常な反応だよな……」と学会の対応が情けなくなる.

……その一方で,電気が来ていないので車庫から業務車が出せない(シャッターが手動で動かない),予備電源用のガソリン発電機のうち 2 台が整備不良で動かないという,情けない状況も発生(発電機が 1 台は動いたので,とりあえず,最低限の電源は確保できていたけれど).

諸々ありつつ,とりあえず,市内の被害状況(液状化など)を調査するチームが出ることになり,その第 2 班に選ばれたので,昼前くらいからマイカーで清田周辺の被災状況調査に出る(その辺の打ち合わせなどをしているうちに,学会は午後も中止,ポスターは貼っていいという状況になっていたらしい.どーでもえーわ).

そんなわけで,17:00 くらいまで,市内を緊急調査.液状化(噴砂,マンホールの浮上など),地割れ,建物の破断などの状況を調査.ニュースで取り上げられているいちばんひどい場所には,我々の班は行かなかった.

調査中,学会で来ていた師匠,元指導教官殿から安否を含め連絡があるが,「こういう状況なので対応できない」旨を伝えると,「そりゃそうだな.頑張れ」という反応だったので,この人たちはマトモな感覚だった,よかった,と思う.

帰庁時点で,学会がまだ完全中止になっていなくて「本当に阿呆だな」と思いつつ.いまだに職場の電源が復帰していないので,調査データをまとめるすべもないので,帰還命令がでる(電子管理ってこういう状況だと全然ダメね)

この時点で,停電の長期化が懸念されていたので,出遅れたものの,過度にはならない程度に備蓄食料などを確保する(もう,だいぶ出遅れていたけれど,会社が休みだった嫁が買った分と合わせて数日耐えられるだけのものは確保).

この時間くらいから電波塔の非常電源が切れ始めたのか,自宅周辺は携帯の電波が失われていたので,携帯の電源維持のため機内モードに移行(携帯の充電は,職場でできることになっていたけれど,一応,保守の意味も込めて).

帰宅中に八軒,琴似エリアの電気が一部回復していたことを確認していたので,このエリアに非常時連絡やら,物品の買い足しやらで外出(19:00〜20:30 頃).ついでに,師匠と元指導教官殿の状況等を電話で確認.

帰宅中,電気がない世界を歩くと,星がよく見えて,しばし見上げる.ふと周りを見渡すと,道行く人の多くが,なにかを諦めたような顔で,ものすごく綺麗な星空を見上げている,という状況.わかるよ.空を見上げるくらいしか,心が平穏を保てる瞬間はないのだよね.そういえば,震災下の仙台でも,こういう光景はみたな,と思い出す.

帰宅後,夕飯を食って,就寝(21:30 頃).

9/7 未明(3:00 過ぎ).ふと目覚める.外を見ると,自宅マンションの真下の信号がついているのに気付く.もしかしてと思い,自室のブレーカーを on にすると,通電(後でわかったけれど,札幌市内でも相当早い復帰だった模様.マンションの裏手に病院があるから?).

6:00 起床.学会が此の期に及んで,まだ中止を決めあぐねているのをみて,本当にどうしようもないな,と思いつつ,出勤準備.

8:00 一応,学会が中止になっていることを確認しに会場に寄る.当然,全行事の完全中止.元指導教官殿と少し会話し,昼頃に元指導教官殿と数名を空港に送ることを頼まれる.

出勤.前日と状況はあまり変わらず.前日は,緊急調査だったので(防災関連部署ではない)自分も調査に出たが,今日についてはお役御免だったので,所内の被害状況の調査など.

10:30〜 元指導教官殿ほか 3 名の送迎.ガソリンスタンドに並ぶ列などで猛烈な渋滞が発生している状況や,市内の交通状況を把握.前日の調査時よりは信号の復帰率が高かったけれど,幹線道路を通っているにも関わらず,3〜4 割程度しか信号は点いていない印象.ちなみに北大〜新千歳空港の往復で 3 時間以上かかった(高速は混んでいなかったが,市内と新千歳空港の乗降口の渋滞がひどかった).

車内で,「こんな状況で,ポスターセッションだけはやるとか馬鹿な提案をしたのは誰だ?」とか「意思決定が遅すぎた」という話をしていたのが,「え?この人がそれを把握していないのはどういうことなの?」という立場の人だったので,学会運営上の意思決定がメチャクチャだったのだということを実感.もちろん,口の悪い元指導教官殿にその旨突っ込まれていた.

14:00 頃に職場に復帰すると,庁内が通電していたので,前日の調査結果のまとめなど.その後,特にやることもなかったので,今回の地震のメカニズムの話とか,厚真の地すべりの話とかを上の人と一頻り議論.

18:00 前頃に帰宅.

なんか疲れていたので,その日から営業していた近所の馴染みの定食屋(断じてジャンヌではない)で,夕飯.定食屋のおばちゃん(近所在住)と雑談.

その時点で,自宅のインフラは完全な状態だったので,余震には気を付けつつも,自分の中で,日常宣言をだして,今回の震災は自分の中で終焉.もちろん,仕事上は,これから色々忙しくなるんだけれど,土日はゆっくりしようと思いつつ就寝(23:00 頃).

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雑感として,今回の災害は,典型的な政治的人災だなと思っています.それは,不用意にベースロード電源の完全停止をしていたこととか,行政がエネルギー源の一極集中を放置していたこととか(石狩新港発電所の件は立場的に一般人の数億倍よく知っているので,指摘(と書いてクソリプと読む)等はいりません!),札幌市,ひいては北海道の地質災害に対する認識の甘さとか,市民の認識不足とか(この辺は道民の地質リテラシー向上の一角を担う我々の敗北でもある),(地震災害が多い地域の都市と比べて)札幌市の都市機構の脆弱さとか,そういうものを引っ括めた点からの総合的な結論です.少なくとも,震源近く以外で発生した状況は,この規模の地震程度で起こっていい事態ではなかったと確信しています.

私も,道の公的機関で,(諸々の紆余曲折がありつつ)「地域エネルギー」を冠する役職にいる人間ですので,今回の事態は手痛い反省材料になったと自覚しつつ,仕事に反映していきたいと(ちゃんと本心で)思っております.

2018年8月9日木曜日

完新世が3つにわれたよ

全然知らない間に完新世が3つにわれていました.GTS 2012 は読み込んでいたつもりだったけれど,全然,そういう議論に気付いていなかった……,と思ったら,公的には Consice  GTS 2016 から始まった議論だったみたい.今回の GTS Chart の根拠論文にまだ目を通せていないけれど,基本的には Consise GTS 2016 の議論が踏襲されて,それぞれ,GSSPs が設定された模様.

Northgrippian の criteria としては氷床コアに認められる約8200年前の寒冷化イベントのスパイクが,Meghalayan の criteria としては,インドの洞窟堆積物(鍾乳石?)に記録された約4200年前の赤道域の乾燥化イベントが認められた模様.第四紀にも考古学にもあんまり詳しくないのだけれど,4200年前の乾燥イベントは,いわゆる四大文明のうち,ナイル,インダス,メソポタミアに大打撃をもたらしたらしい(いわば,環境イベントによる絶滅事件という,古式ゆかしい年代区分基準でもある,ということ?).

はじめに聞いたときに,まぁ,大体,ヒプシサーマルの前と後で3分割って感じ?と思っていたので,そんなにずれてはいなかった模様.大体,このくらいの近い時代になると,地域差が大きすぎて global correlation に意味を感じなくなるね.たぶん,日本の沖積層研究においては,この3区分より,縄文海進のほうが大事.

しかし,Northgrippian っていう名前も,なんだかなぁ……(※NorthGRIP:2000年頃に実施された超有名な氷床コア研究計画の名前).同じ氷床コアを使って,Holocene の基底,すなわち,今回でいう Greenlandian の基底も定義されているので,Greenland の名称がすでに時代名に使われているせいだと思うけれど,あんまりにもあんまりじゃね?掘った辺りには地域名とかなかったのかな?

環境を取り巻くあれこれの話

お久し振りの更新.なんとなく,今後書きたいことととかの準備的な話.

アカデミアの中心部から離れて久しい人間ですが,学会なんかに参加すると.未だに「大学に戻る気はないの?」と声を掛けてくださる先生もいらっしゃいます(場合によっては「〇〇のプロジェクトで歩ける PD が必要」などの具体的な話を合わせて).自分のようなアウトプットも少なく,大した業績もない人間を覚えていて下さり,(冗談交じりでも)そういう形の声を掛けていただくのは大変光栄で,ありがたいのですが,今のところ,自分の意思で大学に戻る気はありません.

それは,現状の安穏としたパーマネント研究職にしがみつきたいからとか,最近の大学周りの行政的なあれこれとか,教育をしたくないとか,自分の能力的な問題とかではなく,大学以外の研究機関という今の職場に入ったときに見えた学問世界の景色を大切にしたいというのが大きな理由です.

というような話を色々と考えています.

2017年2月13日月曜日

無為

航空券の特典ポイントと宿泊斡旋サイトのポイントが大量にたまっていたうえに,年度末に期限切れを迎えるポイントがあるというので,なんの意味も目的もなく,とりあえず,時間を潰すことはできるという理由だけで,東京に遊びに来た.旅費はゼロ.

とりあえず,六区周辺をぶらついて,科博に行って,寄席によって,スカイツリーに登ってきた.

そうそう,昔は,適当に学校サボって一人でこういう風にぶらついてたよな,とか思いつつ(高校時代と学部生時代と仙台時代),たぶん,たまに,こういう時間を取らないと,いろいろダメになる気がしつつ.割と,仕事のことは忘れて楽しみました.

2016年6月30日木曜日

選挙の時期になると

思い出すのは,はじめて幸福の科学が選挙に出馬し始めたときに,幸福実現党から出馬されて惨敗した,自分が出た大学(その 2)の大先輩であるところの元微古生物屋の T さんとか M さんとか,いま,何してんのかな,とか思い出す.

あと,その大学にいた頃に,非常勤講師をしていたのに,何に目覚めたのか(というか,目覚めていたのは知ってた),昨年の宮城県議会議員選で自民の推薦を受けて出馬した O さん(有機地球科学者)とか,いま,どうしてるんだろう?大学戻ったのかな?

ぱっきんぐ

琥珀はなんでも包んでいてすごいなぁ.

2016年6月17日金曜日

今季初

異動して以来,まともにお外に出られない可哀想な僕ちゃんですが,今週は,ガッツリ調査に行けて,今季初のフィールドなのに,アホみたいに歩き回った結果,筋肉痛が未だに抜けないのでした.

調査中に,大量にまさに取りどきのタケノコを見つけたけれど,生えているところの沢の水が色々とアレなので,一本も取りませんでした.

2016年5月25日水曜日

寺田寅彦はそんなこと言ってないって中谷宇吉郎先生の本に書いてた

よく,名言だと言われる言葉に「災害は忘れた頃にやってくる」というものがある.まぁ,名言かどうかは置いておいて,「常に災害に備えねばならない」というニュアンスの警句として,大事な言葉ではある.

この言葉,正確に表現するのなら,「他人の不幸(災害)が来るとこの言葉をみんなが思い出す」という感じ.なお,自分の不幸だったら時すでに遅し.

年がら年中,災害のことを考えていないといけない立場の人間としては,今回の熊本地震のような大きな災害を機に,ほんの少しだけでも,活断層とか直下型地震というものについて見識を深めようとする人がいることが救いである反面,寄せられる疑問の程度の低さに,誰にとっても等しく起こりうる災害に対する認知度がものすごく低いという事実に危機感を覚えるのでした.

最近,そういう仕事をしているから数える機会があったのだけれど(資料編纂室的な左遷?),自分の勤め先にくる取材の件数を遡ると,2011 年に(当然のことながら)巨大なピークがあった後,潮が引くように取材件数は減り,その後,小さな地質災害のあるたびに少しだけ取材がくる状態に推移し,東北の震災からだいぶ時が経ち,目立った災害がなかった去年はものすごく取材件数が減っていた.しかし,今年は,この一ヶ月で,去年の取材件数を超える勢いになっている.

普段は,気にも留めないし,当然,お金を出そうなんて微塵も思われないうえに各地で研究機関が廃止に追い込まれている研究分野なのに,いざ,災害が起こると「なんでこの災害が予知できなかった(無理です)」とか「なんでこの研究をしていないんだ(やろうとしても平時だとみんな忘れていて予算がつかないからです)」とか「なんでこんなに研究が進んでいないのだ(みんなが応援しないからです)」とか「税金の無駄遣い(民意とやらで予算がどんどんカットされているので,そんなにお金使っていません)」とか叩かれるという悲しい世界.

でも,災害が起こるとみんなが思い出してくれて,研究予算もつくという,他人の不幸で飯を食う的な悲しさも感じつつ,明日も仕事に向かうのです.

2016年5月11日水曜日

県の石

日本地質学会が「都道府県の岩石・鉱物・化石(総称として「県の石」)」を発表した.

ちなみに,こちら→ http://www.geosociety.jp/name/category0022.html

なお,私は諸々の事情があって,北海道の石については制定の過程にかなり関わっているので,この件について積極的にぶーたれられる立場ではないです.普段なら,こういうのにボロクソ言うのにね.

まぁ,各地の石を眺めてみても,冒険するということもなく無難なところに収まっているんじゃないかと思うけれど,当然,「なんでこの石じゃないの?」という意見が出てくることもあるだろうが,それはそれ,各都道府県で岩石・鉱物・化石をひとつずつしか選べない以上,ほとんどの石に光が当たらないこともやむなかろう.

(それでも,広大な面積を有する北海道については,複数の石を挙げてもいいんじゃないかという意見はあった.でも,化石は,募集時の地質学会による印象操作のせいで,そもそも候補がほとんど無かったのよね→ 募集開始当時の blog 記事 [鉱物以外は的中でした])

ちなみに,(いつ出版されるかは知らないが)この県の石+今回は選考に漏れたけれど惜しかった石の本が出版される予定だそうで,今回の選定に不満がある方は,是非,そちらも期待していてください(ステマ).

2016年4月24日日曜日

これは怒っていいと思う

どこかで「科学者が今回の地震についてわからないと発言していて,説明を放棄していたけれど,なんのために存在しているんだ.金返せ(要約)」というような発言を見かけた.そして,それが,大層支持を集めていた.

こういうことを考える人は,科学者が「すでに説明可能なわかっていること」を研究しているとでも思っているんだろうか?すでにわかっていることを説明するのが仕事な人だと思っているのだろうか?謎だ.そもそも,わかっていることを説明する人に莫大な研究費を与えるほうが無駄じゃないかw

科学者は,わからないことを研究するのが仕事だし,何にもわからないことから,ほんの少しだけわかったことを世界に還元するのが仕事だ.そこに科学者が存在しているということは,そのことについてほとんど何もわかっていないことを示す.そして,科学者は,世界のありとあらゆる事象に取り組んでいる.そもそも,世界はわからないことで満ちている.

少なくとも,地震について言えば,学問として地震学が成立して,せいぜい,100 年.その間に,科学者が知見を集めることができた地震が,この地球で起きうる様々な仕組みによる地震の何%なのかすら,我々は知り得ない.というか,完全に想定したメカニズム通りに起こった地震なんて,過去にあるのだろうか?

2016年4月19日火曜日

届かなくても

先の震災を経験したということだけを後ろ盾に言いたいことを言う.

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「災害時は平時じゃない」

残念ながら災害時は平時じゃない.巻き込まれた以上は,もう,覚悟を決めるしかない.正常化バイアスという言葉は聞いたことがあると思うけれど,自分がいま日常ではない空間にいるということを意識的に認識するだけでも,ある程度,精神的な安定は保てるはず.ほんの少しの心の余裕というか準備が,それなりに大きい判断の分かれ道になることもある.

「助けられすぎないでほしい」

これは,あくまでいろいろ(衣食住環境や体力など)余裕がある人に対しての話だけれど,自分で何かができる人は,何もかも助けられる完全なる被災者にならないようにしてほしい.余裕がある人が,少しだけ頑張ることで,幾らかの弱者は救われるはず.

ただし,絶対に無理はしないこと.少し頑張るだけでいい.


「SNS やインターネットの情報は,被災地では何の役にも立たない.というか,そもそもアクセスできない」

もちろん,SNS の効能をすべて否定するわけではないけれど,残念ながら,基本的には気を紛らわす以上の役目なんてなかった.

SNS にアクセスできる状態の人は,被災した全人口に対してかなり少ない.そして,膨大な情報の渦から,ただでさえ真偽のわからない情報が錯綜するインターネットの世界で,的確に正確な情報を見つけることができるほど余裕がある人は,もっとわずかだ.いないと言ってもいいかもしれない.

だから,はっきりという.例え,その時点で正確な情報を拡散しているつもりでも,被災地にとってはほとんど意味がない.そもそも,ドンピシャで価値がある情報なんて,そうそうなかった.

ただし,単純なコミュニケーションツールとして,心の支えのようなものにはなるから,被災した人が見ているつもりで書くならば,ただ穏やかな,日常的なつぶやきをしていてほしい.正直,目の前に現実があるときに,仮想のコミュニケーションツール上でも悲惨な現状なんて聞かされたくないものだ.

「感情はエネルギーを消耗する」

感情を抑えろというのは無茶な話だけれど,感情はエネルギーを消耗する.悲しみとか,そういう,抑えることができない感情はどうしようもないかもしれないけれど,非日常にいるという事実を自分で意識することで抑えられるような類の怒りとか,そういう不毛な感情は抑えたほうがいい.この辺ははじめの災害は平時じゃないというところとも一緒.

「連む人は考えよう」

非日常だからこそ冷徹に連む人を選ぼう.それ以上は言わないけれど,日常に戻ったときに人間関係が壊れたとしても,自分に害があると判断できる人とは絶対に一緒に行動しないことが吉.

逆に,協力できる人とは積極的に協力したほうがいい.一人でできないことのなかに,複数人なら対処できることはいっぱいある.

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自分の被災体験は,家が壊れたわけでも(家のなかも学校の居室もめちゃくちゃで,損害はそれなりに出たけれど),津波を被ったわけでもないけれど,インフラはボンベ配給式だったプロパンガス以外全滅(電気は 3 日目位で復旧した).近所には崩壊したマンション,家屋がいくつか(同一地域内にはアパートからの退去命令が出て避難所生活の後輩もいた),食料・水の供給は,補給所での配給も先が見えない状況(ただし,いろいろ手を尽くして自分用に一週間分くらい食材は確保できていた.水はなかったけれど),車は運良くガソリンを入れた直後で使える状態,という,他と比べるとイージーモードだったけれども,"被災地" がどういうところかが分かる程度の環境にいたから,まぁ,このくらい言ってもいいと思っている.

いま,なんの被害も受けていない人にできることは,被災地に金を送ることくらいなので,そのほかの余計なこと(ネット上のデマ退治だとか,前震・本震の定義問題だとか,政権批判だとか,野党批判だとか,地震の名称問題だとか,そういう,この災害に関わっているつもりになれるようなだけでなんの役にも立たない下らないこと)をする手を一旦止めて,金銭的な援助をしてほしいと思います.お金以外は,大量の食料や生理・医療用品を企業の物流レベルで用意できないのであれば,基本的に役に立たないのも忘れないでくださいね.

以上,取り急ぎ.

2015年9月23日水曜日

ワンポイント

詳細や難しいことは分かる必要ないんだけれど,河川の災害に関してワンポイント.

河原とかを眺めたときに,河原にどのくらいのサイズの石があるのかを確認するだけでも,その川の引き起こす災害のレベルは推測できる.

河原で見た中で最大の岩石は,稀かもしれないけれどその岩を上流からその河原まで運搬することができる大規模災害が過去に起こったということ(そして,稀とはいえ将来も起こりうるということ),その河原の大多数を占める石のサイズは,その川がかなり頻繁にそのサイズの石を運搬可能な土砂災害を引き起こしているということを意味する.難しいことを考える必要なんて,実はなくて,単純な想像力があれば色々と見えてくるものもあるという話.

少なくとも,出自すらわからないネット上に流布する地名に入っていたら危ない漢字リストなんて覚えるよりは,いくらかマシだと思う.

2015年6月29日月曜日

もやもやする

最近,各地で火山活動が活発になっていることで(注),火山活動や火山学に注目が集まっている.そんななか,ニュースなどでよく聞かれる言説に「火山観測に従事できる火山学者が少ない」というものがある.

確かに,複数のプレート収束域に位置し,火山大国である日本としては,明らかに,火山観測網は不十分だし,火山観測に従事できる火山学者は少ないと言える(かといって,他の火山国がもっと充実しているというわけでもない).しかし,偽らざる実感から語るなら,その他の人的被害を伴うような地質災害と比較した場合,火山学関連は,人的・質的には,ものすごく充実していると断言できる.

そもそも,地質に関連した人間が極端に少ないことが問題だ.そもそもの母数が少ないから,各個の事象に対応できる人員も少なくなる.地質学徒の少なさは,歴史的に日本が資源弱小国であったことに由来すると言われている(本当かどうかは知らない).しかし,日本が地質災害の宝庫であることを鑑みれば,もう少し,この分野が発展していても良さそうなものなのだが,「災害に対応する」というネガティブな印象は学問人口には直結しないようで,それが,歴史的に積み重ねられてしまった現在では,もう,どうしようもないのかもしれない.

(注)火山活動の活発さをこんな短期間で判別できるはずもないので,あくまで,一般論・巷間の戯言として.

2015年6月23日火曜日

札幌最古の地層の続報の続報

これこれの続きというか,付記.

先日,回収してきた薄別層の岩石を,岩石カッターでぶった切ってみたら,砂岩の層内変形やら,未固結時の小規模な泥岩注入やら,無数の微小断層やら,パッと見の整然層っぽい見た目(参考: https://sites.google.com/site/ver301/Home/toy-box/short-notes/geo01 )とは印象がガラッと変わってしまった.

やっぱり,こいつも付加体だったのだな…….

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切断面の写真は気が向いたら,どこかに載せるかも?

2015年6月3日水曜日

机の下

「地震のときには机の下に隠れろという常識を疑おう」といった内容の記事を最近よく見かける.記事を読むと,家屋倒壊の際に生存率が高いと言われている「三角スポット(ベッドの脇など)」と呼ばれるゾーンの解説(これ自体は間違っていない)なんだけれど,それと同時に「机の下に潜る」という行動が間違っているかのような誘導がなされていることが多く,それがとても気になる.

「机の下に潜る」という行動の目的は,落下物から身を守ることにある.地震の際に,家屋が倒壊して屋根が落ちてくる確率と落下物が降ってくる確率のどちらが高いかと考えれば,どういう行動をとるべきかは明らかだろう.そもそも,ある程度以上に丈夫な机の下は,当然,「三角スポット」でもある.

地震のとき,「三角スポット」だからといって,頭上がガラ空きのソファーやベッドの脇に身を縮こめていたら,上から降ってきたものに当たって頭に怪我をしました,なんてことになったら,笑い話にもならない.

「三角スポット」に関する知識を持っておくことは,もしもの大地震のときの生存率を上げてくれるという意味で,非常に重要だけれど,とりあえず「机の下に潜る」という行動をとれることの方が,ずっと大事なのだ.

あと,東北地方太平洋沖地震を仙台で体験した人間としていわせてもらうけれど,地震の最中で「三角スポット」云々なんて考えて行動できるような精神的・身体的(揺れ的な意味で)余裕なんて,絶対ないと断言できる.そもそも,まともに立っていることもできないから,危険の少なそうなところまで這っていってうずくまるのが関の山です.あとはもう運だね.

2015年5月31日日曜日

宮沢賢治は好きだけれど,宮沢賢治を取り巻くアレな感じは嫌いなのだ

http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4881863.html

単に,「ある牛飼いがものがたる」の対になる締めの言葉以上の意味はないんじゃねーの,と.すぐ思い出せるところで,「やまなし」でも似たようなテクニック使ってるし,他にも起文と結語でくくる形式の話はあったような気がする.宮沢賢治に限らなければ,それこそ,無数に.

とにかく,テクストとして書かれた文字以上のものを考える風潮はとっとと死に絶えてほしい(この書かれていること以上の意味を考えるのって,陰謀論の生じるロジックと一緒なんだよね.陰謀論がはびこるのを防ぐのには科学教育よりも国語教育の方が重要ということなんだけれど,これはまた,別の話).「やまなし」の "クラムボン" とか,(少なくとも高等教育を終了しているレベルの)いい大人が意味がどうこうとかネット上で書いているのを見ると,本当に頭痛が痛くなる.

宮沢賢治の感性や語感は独特だし,彼の文章から立ち上る臭気は日本文学の系譜の中で,かなり特異的な存在だと思うし,なにより,あの物語の中に示される彼の科学的かつ宗教的な世界観は魅力的だけれど,それに纏わりつくような,学術的な研究を超えたところに妙な執着を持って,いち作家以上に神聖視するタイプの "宮沢賢治研究者" とか,そういう存在が大嫌い(名前は出さないけどさ).

あーいうタイプの自称研究者の信者が消え失せないと,そもそも,宮沢賢治そのものがちゃんと評価されない気がするのです.

2015年5月29日金曜日

札幌最古の地層の話の続報

以前書いた薄別層の話に興味がある方がいらしたので,観察してきた内容をまとめました.

札幌最古の地層(?)・薄別層
(おまけ: 北海道南部,渡島帯の先白亜系・大鴨津川コンプレックスの石灰岩

ご興味のある方はどうぞ.ただし,某小学生向けアウトリーチ企画で岩石拾いに行ってきただけなので,走向・傾斜すら測っていません.クリノコンパス持って行ってたのにね!