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2022年6月11日土曜日

自分のことを客観視しないから人は生きていける

 実は先日,仕事がらみでテレビカメラに写ったのだけれど,たぶん,オタク特有の早口でしゃべる 100 kg 超のデブが写っている映像なので,そんな現実は直視せずに生きていたい私は,その映像を見ることはないでしょう(そもそもテレビ持っていない).

なお,すでに放映は終了しているので,たまたま見た人以外は,見ることはないはず.

しかし,テレビに映る仕事の人って,常に自分(の仕事)を客観視しながら生きているって考えると「すげーな」と思う.

2019年3月24日日曜日

世代

完全に若者ではなくなったという事実は,明確に数字(年齢)で定義される本当の若者と会話をするとわかるんだな,とひしひしと感じる今日この頃.

単純に生きている時代の差だけではない何かが,10年の年齢ギャップにはある.

2019年2月8日金曜日

うざい人になってみる

某漫画家(というか,自分がその人を知ったころは,主に 2ch に生息する趣味の悪い,頭のおかしい(褒め言葉)絵描きの一人だったのだけれど)の書いているキャラに,とうとう CV がついたという話を聞いて,すごい時間の流れを感じる.

特に,自分はこのキャラが生まれ落ちたころから知っているレベルに追っかけているので,なんか,すごい変な気分.→ 証拠

でも,まぁ,昔から見ている人間からすると,一般誌に連載されるようになって以降の長瀞さんは,初期から知っている身からすると,まぁ,別物だよね……とか,うざい人になってみようと思ったんだけれど,敬愛する天才声優・黒沢ともよ先生の演技が最高だったので,なんか,どうでもよくなった.

教養ってなに?

教養って何かといえば,僕は,結局,会話が成立するかどうかということだと思っている.会話の前提といってもいい.

古典の話で言えば,「春はあげぽよ」というギャグが面白いためには,枕草子を知っていて,その解釈をなんとなく知っていて,あけぼのとあげぽよがダジャレになっていることに気付けて……という前提となる知識が必要なように,教養の程度の違いは会話を破綻させる.

大人になると,徐々に,人は同質な集団のみとしか関わらなくなるので,なかなか認識できる機会はなくなるんだけれど,教養というバックボーンが大きく違う人と会話をする機会があると,あまりにも会話が成立しなくて驚くことになる.サイエンスの業界で,(それが適当なものであるかはともかく)サイエンスコミュニケーションというものがあるのは,科学者が(教養というレベルを超えて)専門的に過ぎるのを,どうにか義務教育レベルに伝達するためだ.そういう差が,教養のレベルでも生じる(落差は違うけれど).

例えば,少し前に,「三角関数は必修にいらない」みたいな話題がバズったことがあった(誰がきっかけだったか忘れたけれど).

ご存知の通り,三角関数ってかなり多くの仕事で「使われている」わけだけれど,それを教養として「知っている」かどうかで,上記のような議論になった際に会話ができなくなって,議論が成立しなくなってしまう.実際,上記のネタがバズった際に,そこかしこでそういう議論不調を見かけたものだ.この話で面白いのは,実際に三角関数に仕事で使うかどうかではなくて,「三角関数が非常に多くの分野に使われている」という教養を持っているかどうかが差をつけている,ということだ.

で,なんで教養の差が会話の不調を生むのかについては,また,別な機会で.
(教養が足りないと経験に依存するという話)

2019年1月30日水曜日

抽象的な話2

今度は,特定しないためにボカす.

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あるネット上のある科学系の学識ぶったクラスタで,ちょっとしたネタが沸いているのを見た.そのネタが明らかにその学問の基本中の基本を理解していない内容だったにも関わらず,それについて何故かちゃんと議論が成立していた(本当のはじめから流れを見ていたわけではないので,くそネタを弄って議論風に遊んでいたのかもしれないけれど).

そんな不思議な光景を見たので,話の展開をちょっとだけ遡ってみたところ,そのクラスタのオピニオンリーダー的な人が,議論をミスリード(というのは言葉が違うんだけれど.何しろ根本的に間違っているから)していたことがわかった.

それがいいとか悪いとかいう話ではなくて,そのクラスタにいる人たちは,その場に書き込んでいるのに使っている箱を使えば,いま目の前で展開されている言葉のやり取りが根本的に間違っているということが簡単に調べられるということに気付いていないということが恐怖だった.つまり,そのオピニオンリーダーの知識や各議論参加者のその時点で保有している知識を上限にした議論しかなし得ていなかったということで,かつ,それが学問系クラスタやら議論を名乗っていて,それがおかしいと思っていないということだ(具体を知っているが故に抽象的に書くのが難しい.要は,バカがもっとバカととんでも理論の構築をしようとしているところを目撃したという話).

何度も書くけれど,その間違いは,その分野に明るければすぐにわかるものだし,その時点では,不勉強ゆえ知らなかったとしても,ググればすぐわかるレベルのもの(教科書を読む,とかじゃなくて,ググればわかることを確認した).

基本的に,議論の途中でわからないことが出てきたら,相手が目の前にいてもググって調べたり(または相手に聞いたり),自分が弱い部分についての話だったら,教科書なり論文なりを手元に置いて,相手と確認しながら話したり,議論の立脚点について誤謬がないかどうかを確認・共有したりというのが当たり前な世界でしか生きてきたことがなかったので,かなりの衝撃だった.とんでも理論とか陰謀論とかができる仕組みを観察できたというか…….

抽象的な話

とある海外企業が,日本国内で大金をつぎ込んで行うプロジェクトの話を聞いて(具体に意味がないのであえてぼかす),日本て,本当に貧しい国になったんだなと思った.

同分野の日本企業が,「リスクが〜」を繰り返して,ちょっとだけ手を出して,あっという間に逃げ出すというのを何度も見ていることもあって,特にそう思った.かつては,日本の商社が海外で逆のことをやっていた時代もあったんだよな,と.

金がないというのは,たぶん,(企業の)脳みそや判断力にも悪いことなんだろうな.

まさに貧すれば鈍する.

2019年1月27日日曜日

手書きの文章とワープロ打ちの文章

オカルト的な話であることは否定しない.

……が,手書きで書かれる文章とワープロ打ちで書かれた文章には違いがあると思う.これは,どちらが優れているとか,そういう話ではなくて,例えば,喋り言葉と書き言葉に違いがあるようなものだ.

手書きの言葉と,ワープロ打ちの言葉の違いは確実に存在していると思うけれど,この違いが万人に共通する”かたち”で現れるわけではなくて,個人の資質によって規制される部分が大きいというところが,この論をオカルト化していると思う.

たぶん,「直接,漢字を書く」ことと「変換する」こと,思考の速度と文章を「書く速度」と「打つ速度」の差異,修正の簡易さの問題など,明らかに自分の生理的な呼吸との間に違う行為が挟まれているので,差が生まれる理由は,存在している気がする.あと,漢字を勝手に変換してくれるから,ワープロ打ちの方が難しい言葉を使いがちになるよね(自分だけの症状かもしれないけれど).

例えば,手書きで書いた草稿をワープロに打ちなおすとき,それを強く感じる.私の場合は,ワープロ打ちだと一文が長くなる傾向が著しい.手書きだと,長い文章の整合性が取れないし,たぶん,書いているうちに思考が息切れする.

そう考えると,手書き時代に長いのに美しい文章を書いていた堀辰雄ってすげえな.

老害化の端緒を感じる

私は,昭和末期に生まれた世代で,物心は昭和のうちについている世代です.具体的に言うと,S.58 年生.ちょうど,いま,中年の入り口にさしかかっている年代と言えます.

世代としてくくると,私たちは社会がめちゃくちゃだった昭和末期から平成初期に基本的な人格形成がなされてしまった世代なわけです.この世代の経験した時代は,社会の変遷もめまぐるしいものでした(特に,PC 関連と IT 関連と通信技術).たぶん,我々の世代が,デジタルネイティブではない,唯一,成長とともにデジタル化されていった世代であると言えるでしょう.

で,実は,いわゆるデジタル云々じゃないところもそうだよね,という話.

私たちの世代は,基本的な人格形成が済んだ後になって,はじめて西欧的な感覚による political correct,多様性への寛容,機会均等,男女同権,ジェンダー論……etc. を学んだ世代になっていると思います.たぶん,私たちより上の世代(親世代)は,こんなものを学んだことはないし,私たちより下の世代(子供世代)は,人格形成期にはこういうことを少しずつ学んでいる世代になると思う(ただし,デジタルディバイドよりも遥かに緩やかだから,完全にネイティブに上記のような社会的価値観を身につけられる世代は,いままさに生まれているくらいの世代だと思うけれど).

そんな宙ぶらりん世代の私たちは,親世代や老害政治家のとんでも発言には嫌悪感を覚えるが,男女の性差と社会的ジェンダーの区別みたいなことは体感的にできない.頭を使えばできるけれど,感覚的ではない,という感じ.

例えば,トイレの男女表記が青赤になっていることに違和感を覚えられるだろうか?(まぁ,男女の赤青は日本においてはピクトグラム化しているし,男が青(黒)で女が赤というのもよく根拠が分からない色分けではあるんだけれど.ハレの着物の色とかが起源なのかな?)

例えば,男の子が木に登っている時にはなにも思わないのに,女の子が木に登っていると「危ない」と感じてしまったことはないだろうか?(成長を考えると,子供世代だったら女子のほうが成長早いはずなんだから,本来は,逆の注意をするべき)

(要は,ジレットの CM みたいな話ね)

そういう意味で,いま,自分たちの子供世代が続々と生まれている世界で,私たちは,コロコロと老害への道を転がり始めていると感じる.

2019年1月20日日曜日

センター試験といえば,みたいなのも書いておく?

……とはいえ,結構,過去にもこういう振り返りはしている気がするし,その時より,当時の記憶は不鮮明になっているから,今更な気はする.

……と思って,ブログとかを振り返ってみたけれど,意外とセンター試験だけの思い出って書いてなかった(むしろ,二次試験の時期に思い出話書いている率が高い).

センター試験は,千葉大の理学部棟で受けたんじゃなかったかと思うんだけれど,自分の前後,しばらく,自分と同じ名字の人がずらっと並んでいて,「ああ,あんまり自覚なかったけれど,自分の名字ってやっぱり多かったんだなぁ」とぼんやり思ったのを覚えている(同級生の同性の人との間(名前の頭文字「け」と「た」の間)に何人も人がいたので,それなりに多かったのだろう).一応,全国順位で 10 位前後(調査によってブレがある)なので.

まぁ,よく聞く「高橋部屋」とか「佐藤部屋」ほどではないけれど.ちょっと,衝撃的だった.

ちなみに,私は,下の名前も珍しくないので,漢字まで含めた同姓同名が結構います.一時期,同じ研究室に名字かぶりの人と名前かぶりの人がそれぞれいたくらいだしね.

……というか,これ,センター試験の思い出話から随分とずれてるね.というか,本当に記憶がない.

センター試験の日,らしい

というわけで,自分がセンター試験を受けた頃のことを,例のごとく,辿ってみようと思ったんだけれど,もう 17 年も前の話になるのね.

17 年前というと,いま,35 歳の私からすると,だいたい,人生の半分,折り返し地点になるわけだ.そういう意味では,それ以前の自分と,それ以降の自分は結構変わった生き方をしてきたような気がする.少なくとも,18 歳,高校 3 年の頃の自分は,自分が地質学者になるなんてこれっぽっちも考えていなかった.というか,地質学なんて学問は認識していなかった気がする.もっというと,化学とか物理とか,清廉な化学こそが美しいと思っていて,地質学みたいな雑で不細工なものに美学を見出していなかったというか(まぁ,この辺は長くなるので割愛).

そもそも,35 歳まで生きているつもりなんかなかったよね.そういう意味で,いま現在は,晩年,余生を生きているようなもんだし,実際,そう思っているから,その辺の,自分の生き方の芯の部分は変わっていないとも言えるのではないだろうか.

2019年1月14日月曜日

最近気づいたこと

メモは便利.

自慢ではないけれど昔から記憶力はいいので,人から言われたこととかあんまり忘れることがなかったので,メモとか真面目にとっていなかったし,仮にとっていたとしても,見返すことはほぼなかった(機械の操作ノウハウとか,実験の手法とか,重要な案件は別ね).

ところが,30 も過ぎてくると,自慢の(?)記憶力も寄る年波に勝てず……というか,思い出す体力がなくなってきたというか,見返す前提のちゃんとしたメモをするようになったし,見返すことも増えた.そういうわけで,便利さを痛感している.

2018年11月3日土曜日

教育に関してよくみる言説

特定の学術分野に関して,一般人がトンチンカンな反応をしたりするのを見た際,「◯◯について学校(特に義務教育)できちんと教えるべきだ!」と鼻息を荒くしている人をよくみる.もちろん,社会で共通認識として通用するべき常識的な教養の範囲(=義務教育が担保すべきレベル)は,高く広い方がいいのは当然なんだけれど,指導内容が無限に増やせるわけではないので,そりゃ,限界があるだろーよ,と思う.

そもそも,自称:ふつーの大人の大部分は,義務教育できちんと学習していることでも,ろくに覚えていないので,その「◯◯」についてしっかり義務教育(〜中等教育)に取り込んだとしても,基本的には現状と大して変わらないだろうと断言できる(一般向けの教養系クイズ番組の問題の大部分は義務養育レベルだけれど,それに悩んだりして楽しむ視聴者が大部分なわけで).

さらにいうと,その「◯◯」が義務教育〜中等教育の範囲内で,普通に教えられている内容であることが大半だったりする(ちなみに,高校進学率(=中等教育修了者)は 1990 年代以降,95 % 以上だそうな).それでも,覚えていない人がいて,そういう人がトンチンカンなことをいうというのが現実なのだ.

人間が総じて物忘れの激しいバカであるという巨大な事実の前では,諦観しかない(ので,私は熱くなれない).

まぁ,その程度に,人類みんなバカと思って暮らしている方が平和で,教育とかについても,より建設的な議論ができるんじゃないかと思うんだけれど,どうですかね?

2018年9月9日日曜日

転職のお知らせ(?)

……などと,偉そうにブログを書いている私の学会直前の Tweet をここで振り返ってみましょう.

16:57 - 2018年9月2日
来週,某学会が開催されるはずなんだけれど,まったく当日に関する指示が回ってこないんだけれど,本当に大丈夫なのかしら?

17:02 - 2018年9月2日
(実行委員の偉い人が,昨年大会が台風によって中日中止になった件をみて,昨年大会よりは問題は起こらないだろうとか言っていたけれど,まさにその台風が大会中にやってきそうなんですが)

17:03 - 2018年9月2日
中日中止になったら(なんの準備もできていない)私の発表が吹っ飛ぶので,中止になってくれても構わないんですが

……正直,事前準備の段階からあまりにグダグダだったので,昨年大会(台風で 1 日中止)よりひどい状況になって,運営責任者の責任問題に発展すればいいのに,と思っていましたが,この願いが天に届いた結果が,今回の災害につながったのだとしたら,誠に申し訳なく思うとともに,地質学者を廃業して拝み屋稼業をはじめたいと思っております.

7 年ぶり 2 回目の話

9/6 未明に発生した平成 30 年胆振東部地震に札幌市内で巻き込まれたブログ主がこちらです.震災と呼ばれる規模の地震に被害の中心地近くで巻き込まれるのは 7 年ぶり 2 回目です.自宅は,札幌市内でもわりと早く電気が復活したので(9/7 未明頃?3 時に起きた時に通電を確認),現時点では,全くもって被害がなく,すでに日常感が溢れていますが,とりあえず「生きていますよ」という報告です.

記録というか備忘のために私の経験した出来事を時系列を残しておきましょう.半分以上,地質学会批判です(笑).これでも,だいぶ批判はマイルドにしたよ.

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9/6 未明(3:00 頃):強烈な揺れで目覚める.とりあえず,寝所の両脇にあるものを抑えながら揺れが収まるのを待つ.揺れながら,「長いな.震度は 5 強〜6 弱かな.このくらいなら大したことないな」と思っていたが,この辺は,前震災の余震地獄で培った感覚.すぐに気象庁サイトで規模を確認したら,震度予想はドンピシャだった.

気象庁やら USGS やらのサイトで震源を確認し,「石狩東縁にしては深いな,1年くらい前にもこの辺のこの深さで揺れたな」ということを考える.そんなこんなの簡易的な情報収集をしているころ,揺れの 10〜20 分くらいあとに,(なんの前触れもなく)急に停電になって,「あれ?」と思う.地震による停電は,前回,経験済みなので,それと比べて違和感があった.とはいえ,夜中の 3 時に起きていても仕方がないので就寝(余震があろうが眠れるのも前回の震災で培った能力.嫁はろくに眠れなかったらしい).

9/6 6:30 頃.普段通り目覚める.停電から回復していないことを確認.うちは運良く,電気のみ不通の状態で,水は水圧分配なので無事,火についてはカセットコンロやらキャンプ用のガスストーブやらがゴロゴロしているのでいくらでも使えるという状況でした.

ラジコで NHK AM を確認すると,震源付近の斜面災害と全道停電という,想像以上に大きい被害状況を知る.と同時に,「今回の地質学会は飛んだな(確信)」と思う(9/5〜9/7 の日程で,地質学会の 125 周年記念大会が北大にて開催中でした).

とはいえ,本当に学会が飛んだか確認しないといけないので(ホスト側の実行委員の一人だったし,その日の午前に講演予定だったし),8:00 前に会場に「中止を確認に」行く.

会場について,今回の仕切りをやっている先生に「今日は当然中止ですよね?」と聞いたら,「午前 8:00 に停電が復帰しなければ午前中止.11:00 時点で復帰していなければ午後も中止.ポスターは貼っていてもいいことにする.電気が復帰すれば学会はできるでしょ?」などと,間の抜けた回答が帰ってきたので,思わず「(この状況で危機感がないとか)馬鹿ですか?」と返答してしまう.付き合いきれんと思いつつ,8:00 で停電継続,午前中止を確認してから,職場に移動する(講演予定があったので,一応,中止が確定するまではクソ茶番に付き合ったよ!).学会の連中は,地質災害の真っ只中で,地質学者が集まってワイワイしていたら,世の中にどう思われるのか理解できないのか,と.

職場に着くと,とりあえず,所員の安否確認とか,緊急調査の会議とか,現状被害の情報収集とか始まっていて,「当然だけれど,まぁ,地質関係機関として,これが正常な反応だよな……」と学会の対応が情けなくなる.

……その一方で,電気が来ていないので車庫から業務車が出せない(シャッターが手動で動かない),予備電源用のガソリン発電機のうち 2 台が整備不良で動かないという,情けない状況も発生(発電機が 1 台は動いたので,とりあえず,最低限の電源は確保できていたけれど).

諸々ありつつ,とりあえず,市内の被害状況(液状化など)を調査するチームが出ることになり,その第 2 班に選ばれたので,昼前くらいからマイカーで清田周辺の被災状況調査に出る(その辺の打ち合わせなどをしているうちに,学会は午後も中止,ポスターは貼っていいという状況になっていたらしい.どーでもえーわ).

そんなわけで,17:00 くらいまで,市内を緊急調査.液状化(噴砂,マンホールの浮上など),地割れ,建物の破断などの状況を調査.ニュースで取り上げられているいちばんひどい場所には,我々の班は行かなかった.

調査中,学会で来ていた師匠,元指導教官殿から安否を含め連絡があるが,「こういう状況なので対応できない」旨を伝えると,「そりゃそうだな.頑張れ」という反応だったので,この人たちはマトモな感覚だった,よかった,と思う.

帰庁時点で,学会がまだ完全中止になっていなくて「本当に阿呆だな」と思いつつ.いまだに職場の電源が復帰していないので,調査データをまとめるすべもないので,帰還命令がでる(電子管理ってこういう状況だと全然ダメね)

この時点で,停電の長期化が懸念されていたので,出遅れたものの,過度にはならない程度に備蓄食料などを確保する(もう,だいぶ出遅れていたけれど,会社が休みだった嫁が買った分と合わせて数日耐えられるだけのものは確保).

この時間くらいから電波塔の非常電源が切れ始めたのか,自宅周辺は携帯の電波が失われていたので,携帯の電源維持のため機内モードに移行(携帯の充電は,職場でできることになっていたけれど,一応,保守の意味も込めて).

帰宅中に八軒,琴似エリアの電気が一部回復していたことを確認していたので,このエリアに非常時連絡やら,物品の買い足しやらで外出(19:00〜20:30 頃).ついでに,師匠と元指導教官殿の状況等を電話で確認.

帰宅中,電気がない世界を歩くと,星がよく見えて,しばし見上げる.ふと周りを見渡すと,道行く人の多くが,なにかを諦めたような顔で,ものすごく綺麗な星空を見上げている,という状況.わかるよ.空を見上げるくらいしか,心が平穏を保てる瞬間はないのだよね.そういえば,震災下の仙台でも,こういう光景はみたな,と思い出す.

帰宅後,夕飯を食って,就寝(21:30 頃).

9/7 未明(3:00 過ぎ).ふと目覚める.外を見ると,自宅マンションの真下の信号がついているのに気付く.もしかしてと思い,自室のブレーカーを on にすると,通電(後でわかったけれど,札幌市内でも相当早い復帰だった模様.マンションの裏手に病院があるから?).

6:00 起床.学会が此の期に及んで,まだ中止を決めあぐねているのをみて,本当にどうしようもないな,と思いつつ,出勤準備.

8:00 一応,学会が中止になっていることを確認しに会場に寄る.当然,全行事の完全中止.元指導教官殿と少し会話し,昼頃に元指導教官殿と数名を空港に送ることを頼まれる.

出勤.前日と状況はあまり変わらず.前日は,緊急調査だったので(防災関連部署ではない)自分も調査に出たが,今日についてはお役御免だったので,所内の被害状況の調査など.

10:30〜 元指導教官殿ほか 3 名の送迎.ガソリンスタンドに並ぶ列などで猛烈な渋滞が発生している状況や,市内の交通状況を把握.前日の調査時よりは信号の復帰率が高かったけれど,幹線道路を通っているにも関わらず,3〜4 割程度しか信号は点いていない印象.ちなみに北大〜新千歳空港の往復で 3 時間以上かかった(高速は混んでいなかったが,市内と新千歳空港の乗降口の渋滞がひどかった).

車内で,「こんな状況で,ポスターセッションだけはやるとか馬鹿な提案をしたのは誰だ?」とか「意思決定が遅すぎた」という話をしていたのが,「え?この人がそれを把握していないのはどういうことなの?」という立場の人だったので,学会運営上の意思決定がメチャクチャだったのだということを実感.もちろん,口の悪い元指導教官殿にその旨突っ込まれていた.

14:00 頃に職場に復帰すると,庁内が通電していたので,前日の調査結果のまとめなど.その後,特にやることもなかったので,今回の地震のメカニズムの話とか,厚真の地すべりの話とかを上の人と一頻り議論.

18:00 前頃に帰宅.

なんか疲れていたので,その日から営業していた近所の馴染みの定食屋(断じてジャンヌではない)で,夕飯.定食屋のおばちゃん(近所在住)と雑談.

その時点で,自宅のインフラは完全な状態だったので,余震には気を付けつつも,自分の中で,日常宣言をだして,今回の震災は自分の中で終焉.もちろん,仕事上は,これから色々忙しくなるんだけれど,土日はゆっくりしようと思いつつ就寝(23:00 頃).

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雑感として,今回の災害は,典型的な政治的人災だなと思っています.それは,不用意にベースロード電源の完全停止をしていたこととか,行政がエネルギー源の一極集中を放置していたこととか(石狩新港発電所の件は立場的に一般人の数億倍よく知っているので,指摘(と書いてクソリプと読む)等はいりません!),札幌市,ひいては北海道の地質災害に対する認識の甘さとか,市民の認識不足とか(この辺は道民の地質リテラシー向上の一角を担う我々の敗北でもある),(地震災害が多い地域の都市と比べて)札幌市の都市機構の脆弱さとか,そういうものを引っ括めた点からの総合的な結論です.少なくとも,震源近く以外で発生した状況は,この規模の地震程度で起こっていい事態ではなかったと確信しています.

私も,道の公的機関で,(諸々の紆余曲折がありつつ)「地域エネルギー」を冠する役職にいる人間ですので,今回の事態は手痛い反省材料になったと自覚しつつ,仕事に反映していきたいと(ちゃんと本心で)思っております.

2018年8月9日木曜日

環境を取り巻くあれこれの話

お久し振りの更新.なんとなく,今後書きたいことととかの準備的な話.

アカデミアの中心部から離れて久しい人間ですが,学会なんかに参加すると.未だに「大学に戻る気はないの?」と声を掛けてくださる先生もいらっしゃいます(場合によっては「〇〇のプロジェクトで歩ける PD が必要」などの具体的な話を合わせて).自分のようなアウトプットも少なく,大した業績もない人間を覚えていて下さり,(冗談交じりでも)そういう形の声を掛けていただくのは大変光栄で,ありがたいのですが,今のところ,自分の意思で大学に戻る気はありません.

それは,現状の安穏としたパーマネント研究職にしがみつきたいからとか,最近の大学周りの行政的なあれこれとか,教育をしたくないとか,自分の能力的な問題とかではなく,大学以外の研究機関という今の職場に入ったときに見えた学問世界の景色を大切にしたいというのが大きな理由です.

というような話を色々と考えています.

2016年6月17日金曜日

今季初

異動して以来,まともにお外に出られない可哀想な僕ちゃんですが,今週は,ガッツリ調査に行けて,今季初のフィールドなのに,アホみたいに歩き回った結果,筋肉痛が未だに抜けないのでした.

調査中に,大量にまさに取りどきのタケノコを見つけたけれど,生えているところの沢の水が色々とアレなので,一本も取りませんでした.

2016年6月2日木曜日

林道の話

下衆の勘ぐりはその道のプロのネット民に任せて,性善説に立って話をすると,例の行方不明の男児,あまりにもなんの手掛かりがないあたり,置き去り地点を親が間違えている可能性がものすごく高いよね,と思っている.

一応,僕は,北海道の林道のプロに近いような人間だし,ニュース映像に一瞬映った Google Earth の衛星画像から,(割と何度か仕事で歩いている地点に近いからというのもあって)具体的な場所が特定できたくらいの能力を持っているけれど,そんな僕でも,林道を走っているときは,割りと真面目に頭を働かせながら走っていないと,林道の正確な地点や,曲がった三叉路,十字路の位置とかがわからないくなることがある.

それは,林道に入ってからもそうだし,それ以前の,国道から道道に入った地点,道道から町道や農業道路に入った地点,さらに林道に入った地点,どこでもそうだ.そして,また,そのそれぞれの入り口の様子がどこもほとんど変わらないうえ,地図に載っていない林道(作業道)が山ほどあるのだ.

置き去りにした地点を盛大に勘違いしているという可能性は,かなり高いし,むしろ,曖昧な記憶に依って決められた地点に固執するほうがどうかと思う.

さすがに,もう,無事ということはほとんどあり得ないのだろうけれど(特に,ここ 2 日の夜の気温は厳しい),せめて,本当に最後まで見つからないとか,ネット民の下衆な勘ぐりが真実になるとか,そういうのは,なんか悲しいので,ないことを祈る.あの辺,歩きづらくなるし.

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追記(20160603):無事に保護されたニュースにびっくりしたけれど,とりあえず,良かったね,と.駒ヶ岳演習場に続く林道は,基本的に一般人の立ち入りを制限しているはずだから,あの初動で「山菜採り」と嘘をついたおっさんのこと,立ち入り禁止の林道に進入して,放置したことがバレるのを避けたパターンで,捜査の途中から「駒ヶ岳中腹」とか言い出したのは……というのは下衆の勘ぐりになるので,やめます.

2016年5月25日水曜日

わけがわからない

自分(研究者)が書いた研究に関する書類を,自分(企画担当)がセッティングした所内検討会にかけ,その課題に対して自分(検討人員)がコメントして,自分(研究者)が修正して,自分(書類事務担当)に提出して,自分(書類事務担当)が書類不備のチェックをして,自分(外部機関窓口)が書類の送り先に書類を送付する.そんな最近のわたくし.

寺田寅彦はそんなこと言ってないって中谷宇吉郎先生の本に書いてた

よく,名言だと言われる言葉に「災害は忘れた頃にやってくる」というものがある.まぁ,名言かどうかは置いておいて,「常に災害に備えねばならない」というニュアンスの警句として,大事な言葉ではある.

この言葉,正確に表現するのなら,「他人の不幸(災害)が来るとこの言葉をみんなが思い出す」という感じ.なお,自分の不幸だったら時すでに遅し.

年がら年中,災害のことを考えていないといけない立場の人間としては,今回の熊本地震のような大きな災害を機に,ほんの少しだけでも,活断層とか直下型地震というものについて見識を深めようとする人がいることが救いである反面,寄せられる疑問の程度の低さに,誰にとっても等しく起こりうる災害に対する認知度がものすごく低いという事実に危機感を覚えるのでした.

最近,そういう仕事をしているから数える機会があったのだけれど(資料編纂室的な左遷?),自分の勤め先にくる取材の件数を遡ると,2011 年に(当然のことながら)巨大なピークがあった後,潮が引くように取材件数は減り,その後,小さな地質災害のあるたびに少しだけ取材がくる状態に推移し,東北の震災からだいぶ時が経ち,目立った災害がなかった去年はものすごく取材件数が減っていた.しかし,今年は,この一ヶ月で,去年の取材件数を超える勢いになっている.

普段は,気にも留めないし,当然,お金を出そうなんて微塵も思われないうえに各地で研究機関が廃止に追い込まれている研究分野なのに,いざ,災害が起こると「なんでこの災害が予知できなかった(無理です)」とか「なんでこの研究をしていないんだ(やろうとしても平時だとみんな忘れていて予算がつかないからです)」とか「なんでこんなに研究が進んでいないのだ(みんなが応援しないからです)」とか「税金の無駄遣い(民意とやらで予算がどんどんカットされているので,そんなにお金使っていません)」とか叩かれるという悲しい世界.

でも,災害が起こるとみんなが思い出してくれて,研究予算もつくという,他人の不幸で飯を食う的な悲しさも感じつつ,明日も仕事に向かうのです.

2016年5月13日金曜日

訃報に思う

だいたい,訃報に接すると「また,大御所が……」とか「昭和が遠くなるな」という気分になるけれど,基本的に,死ぬ人は高齢者で,死んだことが大々的に報道される人は,著名人なんだから,そりゃ,大抵の場合は,大御所が亡くなったニュースになるよね,と思い直した.

どうでもいいことなんだけれど,僕の見たときに 2 つの訃報に挟まれて,某元プロボクサーの急性アル中のニュースがあって,思わず,「あー,死んだんだ」としばらく勘違いしていた.