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2020年8月1日土曜日

平成という時代の個人史

そろそろ誰も平成がどうとか令和がどうとか言わなくなった頃なので,少しそんな話を.

私くらいの年代(30代半ば)は,平成という時代に育ち,平成という時代を最初から最後まで見ることができた一番若い世代だと思う.物心ついた頃に,昭和末期の空気をなんとなく嗅いで,一番物事を吸収する年代を平成とともに歩んで,平成の中盤に青春を過ごし,平成末期の社会の一員となった世代.

今の時代,こういう場など,個人が容易に記録を残すことができる場が増えた.

もちろん,イコール,その記録が残り続けるわけではないけれど,デジタルネイティブな我々が,みんなで,ただ,盲目的に個人史をどこかに残すだけで,日本の平成史を厚い記録として残せるんじゃないかと思ったりするのです.

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個人的な感想だけれど,平成という時代を一言で表すと「狂気」だよね,と思うワタクシ.

2020年3月20日金曜日

ワニ

割と早い段階(2, 3 日目くらい)にリツイートされてきたのをみて,毎日ではないけれど,ポツポツみていた.1日に1日進んでいくスタイルだから楽しめるものでもあると思うので,割と運のいい時期に知ったと思うし,だからこそ,まぁ,楽しめた.

作品自体は「100日後に死ぬ」と「あと◯日」という言葉で括ることで微妙なニュアンスを伝えたり.読者の感情をぶよんとした不安に陥れたりできる,という発明がすごいもので,それがリアルタイムでカウントダウンされるということがすべてなので,途中の日常や最後にある死は(言ってしまえば)タイトル通り以外の何物でもなく,ドラマティックである必要もない.まぁ,普通の突発的な事故死というのが普通であり,だからこそ残酷だったのだろう.

で,まぁ,本題はここではない.

50 日辺りから,急にツイッター外に有名になり,80〜90 日くらいで一般のメディアにも取り上げられるようになり,今日は,あらゆるメディアが「死」の瞬間を待っていたかのようだった.

まぁ,はっきり言ってバカが増えていた.

作者の正確な意図など誰もわからないが,少なくとも,冒頭に書いたように「死は誰にも知られず突然」なのに読者は死ぬことを知っているので不穏な空気を感じ,リアルな時間と同期させることで何とも言えない感情が滲み出る,というのが重要な要素であって,その他は末節だろうと思う(ある日常がある日終わる以外のことはどうでもいい).

最後の10〜20 日くらいは,明らかにこの楽しみ方ができる限界の人数の想定のキャパを超えていたように思う.「死に方」の考察なんかをしている層,斜に構えて「この程度のもの」みたいな見方をすると格好いいと思っているバカ,穿った意見を言っているつもりで見当はずれのバカ,ワニ可哀想勢などなど……,作品をテクストとして楽しめない外野にまで作品が広がったことが,なんか,「これでいいの?」と思った.いや,まぁ,作者は金が儲かるからいいのか.

あと,作者は単行本を出すみたいだからリアルタイム性は捨ててもいいと思っているのかもしれない……が,最初の数日を除いてリアルタイムで読んでいた身としては,リアルタイムだから感じたぶよんとした気持ち悪さは,作品の捨てがたい要素だったと思うよ.(というか,それを意図してなきゃ,そもそも,こういう配信形態にしないはずだから,作者も,それはそれで意図していると思う)

2019年1月30日水曜日

抽象的な話2

今度は,特定しないためにボカす.

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あるネット上のある科学系の学識ぶったクラスタで,ちょっとしたネタが沸いているのを見た.そのネタが明らかにその学問の基本中の基本を理解していない内容だったにも関わらず,それについて何故かちゃんと議論が成立していた(本当のはじめから流れを見ていたわけではないので,くそネタを弄って議論風に遊んでいたのかもしれないけれど).

そんな不思議な光景を見たので,話の展開をちょっとだけ遡ってみたところ,そのクラスタのオピニオンリーダー的な人が,議論をミスリード(というのは言葉が違うんだけれど.何しろ根本的に間違っているから)していたことがわかった.

それがいいとか悪いとかいう話ではなくて,そのクラスタにいる人たちは,その場に書き込んでいるのに使っている箱を使えば,いま目の前で展開されている言葉のやり取りが根本的に間違っているということが簡単に調べられるということに気付いていないということが恐怖だった.つまり,そのオピニオンリーダーの知識や各議論参加者のその時点で保有している知識を上限にした議論しかなし得ていなかったということで,かつ,それが学問系クラスタやら議論を名乗っていて,それがおかしいと思っていないということだ(具体を知っているが故に抽象的に書くのが難しい.要は,バカがもっとバカととんでも理論の構築をしようとしているところを目撃したという話).

何度も書くけれど,その間違いは,その分野に明るければすぐにわかるものだし,その時点では,不勉強ゆえ知らなかったとしても,ググればすぐわかるレベルのもの(教科書を読む,とかじゃなくて,ググればわかることを確認した).

基本的に,議論の途中でわからないことが出てきたら,相手が目の前にいてもググって調べたり(または相手に聞いたり),自分が弱い部分についての話だったら,教科書なり論文なりを手元に置いて,相手と確認しながら話したり,議論の立脚点について誤謬がないかどうかを確認・共有したりというのが当たり前な世界でしか生きてきたことがなかったので,かなりの衝撃だった.とんでも理論とか陰謀論とかができる仕組みを観察できたというか…….

2016年4月23日土曜日

巡って元に戻る

今回の熊本地震に際して,Ziploc でご飯が炊けるよという話が話題になった.その時点では,「( ´_ゝ`) フーン」と,なんの興味もなかったんだけれど,その後,Ziploc は公式で湯煎に使うなと言及されているというツッコミが入った段階で(しかも,Ziploc の替わりに使えるとしてもっと熱に脆弱なものを勧めるというオチもついている),非常時になんとかして米を炊くという発想の紹介に対してなに寝ぼけたこと言ってるんだろうと,一瞬,イラついてしまったが,冷静に考えて,湯煎に使っている火にかけられる鍋(容器)と米を炊く綺麗な水があるなら,そもそも,湯煎+Ziploc で米を炊く必要がないことに気付いた.

2016年4月10日日曜日

誰にも理解されないようなことを敢えていう

某水平線英語教科書のエレン先生が,今風の可愛らしい絵柄だったせいで大人気になっているという記事を見た.まぁ,可愛らしい絵柄だとは思うし,こういう絵柄が教科書に採用されるようになったという,時代の変化を感じれば済む話なんだけれど,なんか違うよね,という感覚が拭えない.

可愛く描かれているものをみて可愛いと思うのは当たり前のことであって,それは,なんか,いわゆるキャラ萌えとは違うよね,ということ.むしろ,いわゆる,教科書系イラストの中にある妙な作家のフェチズムみたいなものを抽出して反応するっていうのが,大事なんじゃないのか,とかそんなことを思うのでした.

余談だけれど,昔の New Horizon にいた Sanae ってキャラに友人(男)が似ていて,そいつのあだ名が一時期,さなえになっていたなぁ,というどうでもいいことを思い出した.

2016年3月10日木曜日

単純な話

なんかヒット作が出ると,分析と称したまわりっくどい文章が出回るのが,最近のサブカル界隈だけれど,最近,その層はおそ松さんにご熱心な模様.

まぁ,最近,大ヒットといえるようなアニメがない中で,頭一つ抜けている感がある.年寄りの僕から見ると,少し前の大ヒットで思いつくのは「SHIROBAKO」あたりだけれど,これがちょうど一年前の作品だ.毎年,4 クール,200 本以上のアニメが作られる中で,記憶に残るアニメがこれだけ少ないと,まぁ,それに群がる人も多かろうと思う.

で,まぁ,おそ松さん.

個人的には,別段,原作・過去のアニメに思い入れなんぞはないし,下らなくて,肩の力を抜いて見られて,適度に笑えるので,毎週,楽しみにしている感じだけれど,これが受けている理由に関して,的を得た論評を見たことがない.

たとえ,低レベルで,シモが多くて,お子様向けとはいっても,単純に「笑える」レベルのギャグを提供できているコンテンツであるという点を無視して,どうでもいい要素にばっかり注目する論評が多いのかが疑問だ.ギャグアニメって下らなかろうが,下劣だろうが,シモだろうが,なんだろうが,大勢(しかも,視聴者って子供が多いの)を笑わせれば勝ちだってことなのさ(いろいろ技巧をつくしたお笑いって笑う人は笑わせられても,笑わせる人数は稼げないのよ).それに加えて,基本的に,声優の質も高いし,絵も綺麗だし,少し褪せた雰囲気の色使いも悪くないし,細部まで絵・デザインのノリに統一感があって,音楽はセンスがいい,という枝葉の大事なところは締めているアニメな印象.

まぁ,ここまで丁寧に作ってあれば,そりゃ,売れるよ,という単純な話.

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これが「出来ている!」って言い張っていたのに売れなかった多数のアニメは,大概,製作に大きな権力を振るえる人の独り善がりになっている例が多いよね.どの作品とか,そういうことは長くなるから言わないけれど.

2016年3月4日金曜日

教育がいかに無駄かという話……かな?

別に教育を否定したいわけではなく,理解力とか記憶力とかそういった問題の話.

なにかの知識不足とか概念(用語)の誤用とかの例があると,識者から「こういった常識になるべき内容は義務教育(または高校)でしっかりと教え込むべきだよね」といった反応が上がることが多いけれど,そういう内容は中学〜高校でしっかり教えられている内容であることがほとんどなのだ.

問題は,中学(または高校)における教育にあるのではなく,定期試験とか受験とか,知識が必要な時期が過ぎるとスッポリと記憶を欠落させてしまうポンコツな脳みそのほう.そうさせない教育をしろ,というかもしれないけれど,それはあまりに無理ムリかたつむりなので,努力目標程度にすべき.

巷のクイズ番組やなんかがほとんど義務教育レベルの問題で構成されていることを考えれば,義務教育程度の内容が一般人の頭から適度に欠落しているバラエティーに丁度いいレベルだということくらいわかりそうなものだけれど,世の中には一度しっかり習ったことは生涯忘れないと思い込んでいる優秀な人がいっぱいいるようで…….

大体の人の脳はポンコツで,自分が興味のない分野における義務教育の必須記憶項目を全部しっかり覚えられている人なんてほぼいません.大なり小なり抜けていくのが当然のことです.たとえば,自分の脳に自信があり,かつ,普段料理をしない人って,義務教育の家庭科で習ったはずの食材ごとの切り方の種類や出汁の取り方を正確に覚えていますか?理系の人は,義務教育〜高校程度の社会科目で習った内容,しっかり全部覚えていますか?ビルトインスタビライザーとか急に言われて説明できますか?

そういう「人間っておバカさん」という,重大な事実を忘れてしまうのは,義務教育の内容を忘れてしまうより,相当に害悪だと思うのです.

2015年9月25日金曜日

いんたーねっつ国勢調査

国勢調査のインターネット回答の割合が 36.9 % と公表された.この数字を,どうとるか?

個人的には,自分の視界に入るネットワーク接続環境の普及率から見て「少ない」という印象をもつのだが,僕の視界に入らない世代の世帯数や人口のなかのインターネットに親しんでいないボリュームが多いであろうこと,インターネットを通したやり取りに不慣れだったり,インターネット上のやり取りに忌避感をもつ層(具体的には,僕の両親)なんかを考えると,まぁ,そんなもんかな,とも思えてくる.

インターネットに接続できる状態にいながら,それを利用しない層(僕の両親がこれ)というものの精神構造に興味はあるけれど,それはまた,別な話.

2015年6月26日金曜日

面白い(白目)

http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4896469.html

学問も,芸術も,クリエイティブな仕事も何もしていないし,詳しくもない人たちが,想像でそれらの仕事を語るの図.

2015年6月2日火曜日

どっちの影響?

常々,疑問に感じていたことだけれど,いわゆる「ゆとり」と総称される世代のもつ価値観って,ゆとり教育を受けたことによって,世代特有の価値観を得たんじゃなくて,いわゆるデジタルネイティブとか言われるような環境を無条件で与えられている結果として形成された価値観を共有している世代なんじゃないかということ.いわゆる「ゆとり」にまつわる話の大部分,それこそ巷間のバカ話から,ある程度の母数の統計データから考察されているものまで,ポジティブなものネガティブなものに関わらず,いわゆるデジタルネイティブ論と重なっていることが多くて(そりゃ,ほぼ同世代をターゲットにして語っているんだから当然なんだけれど),影響としては,学校(笑)なんかよりも,日常的に接していたいんたーねっつのほうが,価値観の形成には大きな影響があるんじゃないかと.

世代に関わらず,ネット(の暗部)にどっぷりな人(ネトウヨでも 2ch 脳でもなんでもいいんだけれど)って,わりと,「ゆとり」的よね,とか.

2015年3月6日金曜日

なんか

リンゴ「ポール死亡説はマジ!ブライアンが連れてきたビリー・シアーズが今のポールで,死んだポールより有能だった.ジョンはこの展開に納得できなくて出て行った!」

ポール「リンゴは昔からアホなこと言ったりやったりしてきたけれど,これは過去最悪の嫌がらせ.ウィングスの殿堂入りで妬んでるのか,とうとう,こんなことまで言い出すほどにボケたらしい」

(以上,ザックリ某タブロイド紙の元記事を読んで意訳)

……まぁ,タブロイド紙だからそれぞれのコメント自体本当に言っているかどうかも分からんけれど,なんだかなぁ…….

2015年3月2日月曜日

あれ?

http://vippers.jp/archives/8060802.html

想像していた化石女子と違った.いや,想像していた化石女子の方が関わり合いになりたくないけれど.

2015年1月12日月曜日

らっぴ

http://alfalfalfa.com/archives/7750585.html

函館周辺地区限定とか言われているけれど,その昔,みつわ台(千葉市)にも店舗があって,母方の祖父母宅(七飯町)にもあったから全国展開しているものだと高校くらいまで思い込んでいた.

ベーコンエッグバーガー派です.

2015年1月5日月曜日

学校裏サイト

新年を迎えたのを機に,放置しまくっていた古いメールを整理していたら昔作っていた学校裏サイト(研究室の学生同士の非公開掲示板的なもの)のやりとりのログが出てきた.なんか,それを見ていたら学校裏サイト(OB 版)的なものを作って情報交換するとかいうアイディアを思いついたけれど,たぶん,やらない.

2014年12月15日月曜日

雑感

次世代(ほぼ)消滅にイン博以来連綿と続くデジタルディバイドの向こう側をみた.まだ,仮想現実が青春時代にノリと勢いでやってる悪ふざけだということを理解できない旧世代って死に絶えていないんだなぁ…….

2014年12月3日水曜日

顔本では言わないけど

フラクタルとかカオスに関連する業績が一本もない測地屋の "予測" とか言う妄言記事が顔本に流れてきて,拡散している人間もろとも消滅させてやりたいけれど,そういうことはここか冒頭を理解してくれる人の前でしか言わない.

2014年8月4日月曜日

思えば遠くに

SNS というものがあって,自分の過去の知人との繋がりを消極的に省エネで維持できる時代になった.まぁ,そこを通じて,実際に再会したりとかなんとかということなんてないんだけれど(というか,そこまで積極的に懐古するほどの年でもない),昔,少しでも接点のあった人たちや友人が,いま,なにをしてなにを思って生きているのかというのがほぼリアルタイムで情報として流れてくるって,ちょっと凄い.

まぁ,多くの場合,自分の遍歴(ドクターとってオーバードクターやって世界の色んなものを見た結果,ふつーじゃない職に就いた)の特殊性から,不特定多数の(いわゆる)みんなとは隔世の感がある(研究者仲間もある程度いるけどね).

(色んな意味で)思えば遠くにきたものだ.

2014年6月19日木曜日

編集

炎上とか,バカッターとか言われて久しいけれど,こうやっていんたーねっつを通して個人が自由に発言が出来る世界が来るまで,著名人から一般人まで,ほとんどの人がこういう経験をしてこなかったという事実が,編集とか校正とかという人たちの凄さを語っていると思う.