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2022年6月7日火曜日

マジレス禁止にマジレス

結末が失われた物語は,そのままが美しいのか,不完全な補完が必要なのか,と問われたら,私は,圧倒的に前者を支持する.

「ベルセルク」の連載再開について.

まあ,失われてしまった作者の構想ノートをマンガ仕立てにして発表する,ということでしかないので,それについて,是非もなにもない.ただ,それがどんなかたちになったとしても,失われてしまったモノを強調するだけでしかないのは事実で,だからこそ,やらない方が良いんじゃないの,と思っている.

みんなが見たかったのは,三浦建太郎先生が画き切った「ベルセルク」の完結であって,そうではない形で示されたプロットの確認がしたいわけではないのでは?

……まぁ,出たら読むけれど……と書きかけたけれど,やっぱり,読まない気がする.

2022年6月1日水曜日

相似な事象

 10数年前から観測されているけれど,ここ数年に顕著になった事例のひとつに「ファスト映画(※)」がある.映像の n 倍速再生とかも,この仲間かな.

※大前提である著作権侵害とかの部分は,今回の話と関係ないので,とりあえず置いておく.

私は,バックボーンとして元映画オタで,映像作品が大好きなので,そもそも,単にあらすじだけを追いかけるようなコンテンツ消費とか,n 倍速して「作られた時間」を無視するような視聴姿勢などを理解できないし,いかなる理由でも賛同するつもりは一切ないです.別に,そういう人と喧嘩する気はないけれど,根本的な思想や宗教が違う人なんだと思います.

ただ,よく考えると,近年になって動画編集技術が簡易化したり,機器に n 倍速再生機能が標準化したことで,いわば「要約」「時短」界の最後の牙城だった映像コンテンツが要約できるようになってきたので,こういう議論が沸き上がっているだけだよな,と最近になって気付きました.

昔から,相似な事象はいっぱいあって,はるか昔から長編小説のダイジェスト版みたいなものはあったし,様々なジャンルで「n 分で完全理解」みたいなものはベストセラーになってきたわけです.もう少し広げると,例えば,音楽を聴いているときに主旋律やボーカルの歌だけを聴く人とか,絵を眺めているときに背景知識などに一切興味を持たずに絵面だけを眺めて通過してしまう人なども,対象とする媒体は違っても,全体を構成するもののなかで目立つものを消費して終わるという意味で,同じ種類の人で,それらは古くからいるし,誰もがなにがしかのジャンルにはそういう態度を取っている面があるのだなと気付きました.だって,例えば,ほとんどの人は,その辺に落ちている適当な石ころを眺めて楽しむこととかできないでしょ?(私は地質の知識があるので,かなり楽しめる)

まぁ,そういった触り方しかする気がないジャンルに,わざわざ手を出す理由も分からないし,あらゆるものに対して触ることくらいしかしない人は,最早,理解の外だけど.

2021年6月8日火曜日

きめつ考

 もうそろそろ,話題に上がることがなくなってきたし,逆に,アニメの 2 期が始まって話題が再燃する前の時期だし,いいタイミングかなと思って「鬼滅の刃」を読みました.読む前から,想定していたのは,「たぶん,これだけ人気になるんだから,普通に面白いんだろうけれど,(読書体験として)面白いだけなんだろうな」という感想になるであろうことで,そもそも,「少年漫画的なもの」が肌に合わない自分には向かないマンガであることは自覚がありました.

で,読んでみた.(※アニメはみていない)

読語の感想としては,事前に想定していた通りで,「面白いマンガではあった(=読むのに要したコスト分,面白かった)」という以上のものはなかったのですが,マンガ自体の面白さと別なところで,「物語」の無さに驚きました(※批判ではないです).

まず,「鬼滅の刃」自体が,23 巻もあるわけだけれど,その全体でプロットが 5 つくらいしかないうえに,それが一本の線のうえに並んでいるだけなことが,最も衝撃的でした.元々,少年漫画的なものに馴染まないうえに,年齢的にも,最早,最近のマンガの潮流においていかれている自覚はあるのですが,ここまで「物語」がアッサリしたストーリーマンガというものを経験したことがなかったので驚きました.たとえるなら,(今となっては)初期の,面白かった頃の「One Piece」を何倍も薄めたようなアッサリさ(※どちらのマンガについても批判ではないです).

※例えば,「○○の呼吸 ○の型」とか,読む前は,「修行をしてどうこう」とか「キャラに見合った形質が現れる(ex. ハンタの念)」みたいなものかと思っていたけれど,自分がなにか読み飛ばしたのかと思うくらい唐突に,なんの事前情報もなく,いきなり技を出してきて驚きました.

※もう一例.読む前は,恋柱のおっぱいの子とか花のポニテの子とか,すごい主要キャラなのかと思っていたら,ただのちょい役のサブキャラ程度しか露出がなく,アッサリとしか書かれていないのも驚きました.猪と雷との絡みも,ほとんど描かれていないのに,いつの間にか盟友みたいになっている,とかもそういう例.

このマンガの持つ,こういったアッサリとした「質感」は,個人的には,斬新で,面白い(interesting のほう)と思いました.

もうひとつは,そこまで斬新な手法というわけではないですが,キャラクターの造形について,大して深掘りはしないけれど,わかりやすい程度に類型化した「物語」を付与するやり方は,このマンガの大きい特徴かなと感じました.また,先述した物語のアッサリとした「質感」と「キャラ造形」に共通するものとして,「少年マンガのお約束」の多用によって故意に物語を省略する手法も目立ちました.「お約束」の共有によって,書かない部分は書かない(例:一回,共闘のシーンを書いたから,もうこいつらは盟友!みたいな).

何が言いたいかというと,二次創作や妄想のための部品の展示市のような作品だなということです.

そういう目で見ると,東浩紀が「動物化」のころに「エヴァ」を評して,「物語を薄くすることで読者の妄想の材料(情報)を大量に集めた作品で,これらの材料をもとに読者が妄想を膨らませたから成功した(かなり意訳)」と書いていたような知見に近いかもしれないです.作品を読んで,読み手側が妄想し,作品に反復することで,書かれているテキストと絵以上の楽しみ方ができるという点は共通していそうです.ただ,「鬼滅」については,明らかにエヴァのような衒学的な情報過多状態ではなく,非常にアッサリとした「質感」の物語に,妄想するための余地や空間をたっぷりとっている作りを感じます.そういう点で,「鬼滅」は,「日常系」と言われる一群に近い,その進化形なのかもしれません(注).

注:「エヴァ」が物語の喪失という表象とすると,その更なる発展が「日常系」に見いだせて,薄いとはいえあった「物語」という土台すら取り去られている世界観が現れる.そういった「物語の喪失」の極地を越えて,もう一度,「物語」を薄く再導入したようなイメージ.(「日常系」考は,昔どっかで書いた気がするので,ここでは書かない)

10年くらい前から,マンガやアニメの作り手が,マンガやアニメだけを見て育ってしまった論というのが流行りだけれど,「鬼滅」の作者が,そういう出自だとすると,このマンガの持つ「質感」が,そういった世代の作り出した,ひとつの結論なのかもしれません.

あとは蛇足な余談ですが,多分だけれど,アニメは,こういう「余地の部分」を埋めるような描写がある「二次創作」的なものになっているのではないかと思いますが,それは,このマンガの「質感」を下げる作業だと思います(見ていないので,ただの想像).そういう意味では,アニメのほうは,ほぼ無価値かなと思います.世間の評価的には逆なんだろうけれど.

2021年5月25日火曜日

失われた物語の所在

 仕事中に,コーヒーを啜りながら,ニュースをチェックしていたら,三浦健太郎先生の訃報を見つけて思わず声がでた.

「ベルセルク」は,今の時点でだって,日本の漫画史だけではなく,世界の物語史の中で大きな存在だとは思うけれど,完結していたら,比にならないくらい大きな存在だっただろうと思う.残念でならない.

ご冥福をお祈りいたします.

2020年3月21日土曜日

ばるぼら

手塚漫画の中で最も好きなものを1つ挙げろと言われたら,一瞬の迷いもなく「ばるぼら」と即答できるくらい,「ばるぼら」が好きです.というか,手塚漫画に限らず,あらゆる創作物のなかでもトップクラスに好きです.

で,それが映画化されたということを,ついさっき知ったわけです.

意外に思われるかもしれませんが,美倉センセを稲垣吾郎氏が演じるというのは悪くない配役だなと思ったのですが,予告編を見る限りだと,バルボラ役が…….そもそも,日本人なの?という.

手塚眞氏は,まぁ,親の七光以外のなにものでもない三流〜二流の映像作家なので,演出面は何の期待もしていないのですが(「白痴」は結構頑張っていたと思うけれど),'90 年代香港映画(日本映画を抜き去った頃)を特徴付ける,あの雑然とした雰囲気を色(淡い青味,赤味を行き来する感じ)をコントロールして鮮烈な印象を持った映像に切り取るという技術で一世を風靡したドイルの撮影という点は期待が持たれる.

※有名どころは「恋する惑星」「ブエノスアイレス」あたり.とんと映画から離れているので,最近のはあまり見ていない.

2020年3月20日金曜日

ワニ2

もう1個.

「死」を表現するうえで,主人公(または主人公の大切な人)が病気などで衰弱していくというのは,王道のフォーマットで,まぁ,よくあるストーリー.

でも,実際には「突然の死」が,世の中には多くて,それを表現する試みもあるが,大抵の場合は,主人公の大切な人が突然死をすることで,主人公がなにかを改心していくというストーリーが多い気がする(例「タッチ」).

そんな物語の作り方のロジックでいうと,漫画内の主人公が「突然死」することで,読者を従来の「タッチ」型ストーリーの疎外されたメタの主人公に仕立てる,というのが,ひとつの発明だと思った.ワニは漫画の主人公であるとともに,読者の親しむキャラで,それの死を見ることが,読者に感情を催させる,という作り方.

ワニ

割と早い段階(2, 3 日目くらい)にリツイートされてきたのをみて,毎日ではないけれど,ポツポツみていた.1日に1日進んでいくスタイルだから楽しめるものでもあると思うので,割と運のいい時期に知ったと思うし,だからこそ,まぁ,楽しめた.

作品自体は「100日後に死ぬ」と「あと◯日」という言葉で括ることで微妙なニュアンスを伝えたり.読者の感情をぶよんとした不安に陥れたりできる,という発明がすごいもので,それがリアルタイムでカウントダウンされるということがすべてなので,途中の日常や最後にある死は(言ってしまえば)タイトル通り以外の何物でもなく,ドラマティックである必要もない.まぁ,普通の突発的な事故死というのが普通であり,だからこそ残酷だったのだろう.

で,まぁ,本題はここではない.

50 日辺りから,急にツイッター外に有名になり,80〜90 日くらいで一般のメディアにも取り上げられるようになり,今日は,あらゆるメディアが「死」の瞬間を待っていたかのようだった.

まぁ,はっきり言ってバカが増えていた.

作者の正確な意図など誰もわからないが,少なくとも,冒頭に書いたように「死は誰にも知られず突然」なのに読者は死ぬことを知っているので不穏な空気を感じ,リアルな時間と同期させることで何とも言えない感情が滲み出る,というのが重要な要素であって,その他は末節だろうと思う(ある日常がある日終わる以外のことはどうでもいい).

最後の10〜20 日くらいは,明らかにこの楽しみ方ができる限界の人数の想定のキャパを超えていたように思う.「死に方」の考察なんかをしている層,斜に構えて「この程度のもの」みたいな見方をすると格好いいと思っているバカ,穿った意見を言っているつもりで見当はずれのバカ,ワニ可哀想勢などなど……,作品をテクストとして楽しめない外野にまで作品が広がったことが,なんか,「これでいいの?」と思った.いや,まぁ,作者は金が儲かるからいいのか.

あと,作者は単行本を出すみたいだからリアルタイム性は捨ててもいいと思っているのかもしれない……が,最初の数日を除いてリアルタイムで読んでいた身としては,リアルタイムだから感じたぶよんとした気持ち悪さは,作品の捨てがたい要素だったと思うよ.(というか,それを意図してなきゃ,そもそも,こういう配信形態にしないはずだから,作者も,それはそれで意図していると思う)

2019年8月25日日曜日

乙女ども

「荒ぶる〜(原作)」が佳境.思春期と性の女視点もので,狭い人間関係の中でドロドロとさせたところをどうやって解決するのかと思ったら,学校バリ封とか,ファンタジーに走って,大事の中の小事にしてしまったのが残念でならない.

2019年2月8日金曜日

うざい人になってみる

某漫画家(というか,自分がその人を知ったころは,主に 2ch に生息する趣味の悪い,頭のおかしい(褒め言葉)絵描きの一人だったのだけれど)の書いているキャラに,とうとう CV がついたという話を聞いて,すごい時間の流れを感じる.

特に,自分はこのキャラが生まれ落ちたころから知っているレベルに追っかけているので,なんか,すごい変な気分.→ 証拠

でも,まぁ,昔から見ている人間からすると,一般誌に連載されるようになって以降の長瀞さんは,初期から知っている身からすると,まぁ,別物だよね……とか,うざい人になってみようと思ったんだけれど,敬愛する天才声優・黒沢ともよ先生の演技が最高だったので,なんか,どうでもよくなった.

2018年11月28日水曜日

長さ

最近,時々,手塚漫画を読み直すことがある.そのたびに思うのが,とにかく「短い!」ということ.

いい悪いの話ではなくて,とにかく,手塚漫画って短い.後期,「ひだまりの樹」あたりは,わりとだらーんと間延びしている感はあるけれど,それでも,あれ KC サイズの 10 巻くらいでしょ?

「火の鳥」なんて,改めて読み返すと,各編が短すぎてビックリする.本当に短い.頭の中に残っているかつての記憶の 1/5〜1/10 くらいのイメージ.昔,浦沢直樹がアトムの中編を,脳内で勝手に付け足していたストーリーを交える形でリメイクしたりしていたけれど,そんな感覚に近いかもしれない.

それに比べて,今の漫画のなんと長いことか.長いことがすなわち悪いという話ではないんだけれど,「本当にその長さは必要なのかい?」とは思う.あげつらうわけではないけれど,20 年近く連載している少年漫画,というかぼかさず書くけど,ONE PIECE なんて,その長さに意味あるのと言いたくなる(誰が継続して読むのよ,と).

長編を書くより中編,中編を書くより短編を書くのが難しい,とはよく聞く言説だけれど,結局のところ,エッセンスを編集するという能力が現代人から欠落してきているんじゃないのか,と思う.だだらに続くアニメやドラマと,2 時間の映画の対比とか,近似できる気がする.

たぶん,その背景に,記録媒体の変化とか,視聴環境の変化とか,諸々絡んでいるだろうし,これに絡んで(書きながら),いわゆる「日常系」とか「美少女動物園」的なアニメとかに関する論も思いついてしまったのだけれど(長くだらだら書いてもいいという感覚と,永続的に続いて欲しいという感覚の相関とか諸々),どんどん長くなるので,この辺は,いずれどこかに書くかも.

思考のクリップとして,とりあえず,ここに書き散らしておく.

2018年11月3日土曜日

やがて君になる

百合好きとして,作品自体は以前から知ってはいたけれど,漫画に関しては猛烈な絵柄フェチなので絵柄的に敬遠していたが,アニメは眺めている.

基本的に,クセがない恋愛ものなので,まぁ,楽しいんだけれど,主人公が中二病を発症したイキリ中学生男子,七海先輩が童貞をこじらせた発情中学男子にしか見えなくて,百合漫画を見ているというより BL 漫画を見ている気分に襲われるというのが難点.

作者や担当している編集などの作品の根幹にいる人の性別は知らないけれど,おっさんが透けて見えるというか…….漫画の方はそうでもないのかな?

2016年6月2日木曜日

が通る

「はいからさんが通る」の映画とか普通に楽しみすぎる.ただ,懸念しているのは,今風の絵柄になってしまうのではないかということ.流石に,時代遅れと言われても仕方がない,いかにも昔の少女漫画絵というわけにはいかないのだろうけれど,せめて,最近の大和和紀先生の絵柄に近づけるとか,そのくらいの努力はして欲しいと思っているんだけれど(それはそれで,酒乱ギャグシーンとかが違和感ありそうだけれど),ネットニュースに出てきたキービジュアルの雰囲気が,いかにもアニメ塗りで,いかにも悪いほうに今風になっている雰囲気が感じられて,なんとも言えない.

劇場版なんだから,せめて,アニメ塗りはやめないか,と.水彩風とかならあり.

あと,あらすじだけにすると,かなり美しい話ではあるけれど,基本的にドタバタコメディーという路線を忘れて,ストーリーのほうを重視するのもやめて欲しいなぁ.

声優については,忍とか青江(とか蘭丸)の声を当てそうな人は何人か思いつくけれど(割と一昔前のベタな配役のほうがいい気がする),紅緒の声は,ぴったりくる声優が思いつかない.悠木碧はありそうだし,いい役者だからそれなりに演じてくれる気がするけれど,イメージが合うかというと疑問.沢城とかいうカス役者だったら見ない.

2016年5月25日水曜日

やるせない

某研究不正芸人の本が 25 万部も売れたという某記事中の記載を見て,その分の金や関心がサイエンスに回ったらどれだけ多くの価値のある研究が生まれるか,と考えると,非常に遣る瀬ない.

ところで,瀬戸内晴美が,煩悩の塊のキチガイ色ボケババアだって,認識は万人に共通のものでいいんだよね?それと研究不正女芸人のセット販売とかって,もはや,そんじょそこらのゲスなタブロイド系雑誌よりも低俗ななにものかだな.

2016年1月19日火曜日

設定

アニメでも映画でも小説でもなんでもいいんだけれど,見ていて,設定がガバガバなものでも許せるというか「細けぇことはどうだっていいんだよ!」って感じで見られるものと,なぜか小さな設定の違和が異常に気になってしょうがないものがある.なんなんだろうね?

2015年10月14日水曜日

学習漫画 100 選

学習漫画 100 選というものが公表された.選んだのは日本財団という団体で,大学教員とか漫画家とか漫画評論家とかが選んだらしい.


まぁ,ラインナップを眺めてみると,僕らおっさん世代からは,意外と「いい」もので,実際,これを,今後,子供達に残していきたい「学習漫画 100 選です」と提出されても,それほど「うわー……」感のないラインナップになっている.まぁ,「アレが入っていない」「コレが入っていない」を始めたら切りがないことは明白なので,この 100 タイトルを選んだことには,素直に敬意を表したいと思う(僕の個人的な見解としては,岡崎二郎から選ぶんなら「アフター0」じゃなくて「国立博物館物語」にして欲しかった,というところ).

しかし,コレって,結局,おっさんおばはんの自己満足ライナップだよね,というところが,かなり鼻に付く(確かに面白い漫画ばかりだし,青少年だって,読んだら面白いと感じるとは思うけれど).

こういう風に「おっさんおばはんの自己満足」で押し付けられたものって,例え,それがいいものであっても 10 数年前の僕らって「嫌」じゃなかったか?

この 100 選を見て,漫画という娯楽が,父権的なニュアンスを持つことに嫌悪感を抱いてしまうのは,僕だけでしょうか?

2015年5月16日土曜日

わんぴーす

ベタなシチュエイションのひとつとして,(様々な場面で)「結構オタクなので,漫画とか好きでー.ワンピースがマイベストなんですー」と言われるというテンプレネタもだいぶ定着してきた感がある.

ワンピースの連載が始まったのは,僕が中学の時で,多くの同世代が少年漫画から卒業し始める時期だった(僕自身は,元々,少年漫画のノリが好きじゃなかったけれど).連載開始当時,「面白い漫画が始まった」と話題になった記憶はあるし(というか,読み切りの段階から結構話題になっていた),しばらくは,僕も楽しく連載を追い掛けていた気がするけれど,あっという間に読まなくなってしまった(僕自身はアラバスター云々の始まったくらいまでで記憶が曖昧.ゴッドエネルは覚えているから,空島くらいまでは読んでいたんじゃないかと思う).たぶん,僕と同世代だと,長く読んでいた人で空島くらいまでという人が多いんじゃないかと思う(あとから読み直したとかは除いて).しかし,それは単純に,成長に伴って好みが変わったりとか,中二病や高二病を発症して少年漫画から離れたりとか,そういう理由が主であって,ワンピースそのものの魅力とは関係ないことがほとんどだと思う.なにしろ,ワンピースは長い.なんと,いま,連載 18 年目で 77 巻も出ているそうだ.連載開始から,ずっと読み続けている人なんてほとんど皆無だろう(ちなみに,僕の知人には一人いる).

んで,冒頭のネタに戻る.このネタのタチの悪いところは,ワンピースが "基本的に面白い漫画" であるところだと思う.ワンピースがつまらないと本気で思っている人や,なんのプライドか知らないけれどワンピースを小馬鹿にすることで満足したい人なんかとは,冒頭の発言をするタイプよりも友達にはなりたくない.「ワンピースは面白い」ということが事実であるかぎり,冒頭の発言にどう対応したらいいのかがわからない.「NANA」とか「君に届け」とかを至高の作品と言われるより対応に困る感じ(なぜなら,「NANA」は現行の全巻,「君に届け」は 16 巻まで楽しく読んだから).

なにより,冒頭の話題に至る前提として,こっちが「漫画とか好きです」みたいなことを振っちゃっている例が多いのに,大メジャーの「ワンピース」をほとんど読んでいないから,感想をいうこともできないというのがキツい(ワンピースが面白い以上,読んでもいない曖昧な知識で貶しはじめたら,それこそ,人として終わっている).その結果,「絵がゴチャゴチャしていて苦手なんです……」というテンプレ回答が生まれたんじゃないかと.

やっぱり,あれか?現行 77 巻を,もう一回,はじめから通読して,確固たる感想を保持するべきなのか?たぶん,面白いんだろうし.

2015年5月14日木曜日

おいおい

某アニメーター薄給問題に関して,昔から折に触れて,思い出したように何度も取り上げられているネタだけれど,また,手塚責任論が出てきているらしい.

鉄腕アトムの放映開始から,もう 50 年以上が経過しているんだぞ…….制作費で首が回らなくなって虫プロが倒産したときから数えても 40 年以上,手塚が死んでから数えたって,もう 25 年以上経っているんだぜ?そんな長期間にわたってビジネスモデルの見直しをしてこなかった手塚以降の人間の罪の方がよっぽど重い.だいたい,アニメに関しては,手塚が生きている頃から「手塚が悪い.手塚はバカだ」とボコ殴りにされてたんだから,漫画の神様だから恐れ多くて云々というのは,後世の妄想にすぎない.

宮崎駿だって,口では「手塚が〜,手塚が〜」と(嫉妬から)偉そうなこと言っているけれど,自分の庭以外に関してなにかやったのか,と(自分の庭だけでも状況を改善したのは偉いけれど,政治的に働いたのは宮崎駿なわけじゃない).

どんな分野でもそうなんだけれど,「好きなことをやっているから金がもらえなくても幸せ」みたいな考え方はプロじゃないからやめちまえ,ということなのだよね.金が欲しいのに金がもらえないなら,それは政治的に動かなきゃいけないということ.

2015年4月8日水曜日

衝撃

いぬぼく SS の作者が亡くなったと聞いて衝撃を受ける.享年をみてさらに衝撃を受ける.31 歳……同い年…….若くして亡くなる人もそれなりにいるとはいっても,早すぎる.

アニメを見て凜々蝶様の美しさに囚われた結果,アニメで描かれた後の話こそが本編と聞いて,いつか原作を読もうと思っていたのだけれど,読んでいないうちにこんなことになるとは…….非常に残念です.

2015年3月31日火曜日

転がっていく少女たち

「ローリング☆ガールズ」が優しい世界でとてもいい.説明しすぎない感じがいい.ロードムービーとして重要な部分である背景が,軽くてポップでウキウキするようでとてもいい.ロードムービー特有の軽くて,勢いだけの主人公たちがいい.それなりに深い想いを描いておきながらサラッと流すように 12 話で(各エピソードは 2〜3 話で)まとめるセンスとバランス感覚がいい.いうまでもなく,ブルーハーツの歌が,それをコケティッシュな少女の声で歌われているというのがいい.

個人的に,ここ数年で五指に入るくらいの名作.こういうアニメこそが他メディアの作品を凌駕できる可能性の萌芽だと思うんだけれど,売れないし話題にもならないというのが,色んなメディアの中でアニメだけが自閉的な世界に落ち込んでいるせいだと思うんだ.

アニメだけがこうまでも自閉的なのは,アニメファンがアニメしか知らない(マンガすら知らないんじゃないかと思う)のが最大の理由だと思っている.

2015年3月18日水曜日

エロマンガ

http://blog.livedoor.jp/dennououjo/archives/43121229.html(リンク先エロあり注意)

1 のあらすじを読んだ瞬間,読んだことのある記憶と北河トウタの絵柄が脳裏を掠めたから,俺のエロマンガソムリエ度もそれなりじゃないかと思う.