2026年3月11日水曜日

片付けとかのときのあれ

引越し、なのである。

実に13年ぶり。13年前には、骨を埋めるつもりで北の大地に試されに来たのであったのだが、いや、そんな大層な覚悟は持っていたわけではないが、とにかく、世情の流転に右往左往のうちに、故あって、脱北することになった。

人生、自分のあり方を、こんな形と自由に思い描いていた青春は去り、凡その見通しが立ってしまいもがくことをやめ、自分の形が定まったつもりの中年に差し掛かって、また、別な形を求めることになるのは、中々に骨が折れるようにも思うが、楽しさもまだ抱ける気がしている。もう数年ずれていたら、形を変えようという気力なんて湧かなかった気がする。

13年は、一般的には短いのだろうが、自分史を振り返ると、ひとつ所に、こんなに長くいたことはない。仙台から持ってきた荷物の約2倍に膨れ上がった文献類を整理しつつ、ここで過ごした時間が圧しかかる。まずいね。何がまずいって、終わる気がしない。

さて、引っ越すこと自体は、だいぶ前には決まっていたはずなのに、いま、慌てて作業をしているのはなぜだろう。

そして、数日後には引越し先にいるはずなのに、一向に片付く気配を見せない部屋の中で、悠長にこんな文章をしたためているのは、一体、なぜだろう。

2023年11月5日日曜日

なうぜん感想

令和の世で The Beatles の新曲が出るという不思議.

率直な感想として,まぁ,当時ですら,デモ段階までしか進まなかった曲だよね,という感じ.やや影のあるマイナーな曲調なので,アルバム初見では引っかからないけれど,数回聞いているうちに好きになることもあるタイプの曲.曲として(the Beatles の)アベレージは下回っている.

まぁ,その辺は,Real Love にも Free as a Bird にも言えることだけれど.

この曲については,AI を使った楽曲の復元とかの技術面,(まだ,全然聞き込めていないし,気付いているものも少ないけれど)あの曲のあの部分をこう使っている的な楽曲パズルなど,マニア,オタク的な趣味の方が意味合いとして大きいよね,というところ.

マニア,オタク的な観点以外では聞く価値ない.

2023年2月26日日曜日

集める

結構前から,万年筆をコレクションしている人になりつつあるが,最近は,明確にコレクションの方向性が出てきてしまった.すなわち,小型の万年筆を中心に集めてしまっている.

今のところ,現状は,下記の通り.

  • Pelikan Souverän M300 M-nib(緑軸)
  • Montblanc Meisterstück #114 Mozart M-nib
  • Montegrappa Micra F-nib(水色軸)
  • TWSBI Diamond Classic Mini M-nib(黒)
  • TWSBI Diamond AL Mini F-nib(水色)
  • Filcao Classic Pink-Black
  • KAWECO Frosted Sports M-nib(ココナッツ) 
あと,番外的なところで万年筆風のペンであるところの Pilot Petit 1 を何本か.

この他,現在,購入を狙っているのが何本かあるけれど,さすがにまとまったお金が入らないと厳しいかな…….

最近の私,と趣味の話

なんか,しばらく書いていなかったのでぼちぼち近況を.

基本的には,なにも変わっていない日々を過ごしておりまして,特筆すべきことはないといってしまえばなく,そもそも,この稿を書き始める意義すら失われるという.

変わった,といえば,多忙すぎてアニメを見なくなってしまったという点が挙げられるかも.最近だと,リコリコとぼっちくらいしか見ていません.百合好きだからリコリコ見てるのか,と思われるかも知れないけれど,個人的にはあの二人はそこまで琴線に触れなかった.ただし,虹ぼは正義.

来期は,原作を追っている僕ヤバと放課後インソムニアがやるので見るかも知れないけれど,どっちも原作の雰囲気が好きな作品なので,アニメとして見たいかというととっても微妙.特にのりお作品は,過去に大失敗しているしなぁ.そして,インソムニアも,白丸先輩は正義であることを表現しきれるとは思えない.

2022年6月11日土曜日

自分のことを客観視しないから人は生きていける

 実は先日,仕事がらみでテレビカメラに写ったのだけれど,たぶん,オタク特有の早口でしゃべる 100 kg 超のデブが写っている映像なので,そんな現実は直視せずに生きていたい私は,その映像を見ることはないでしょう(そもそもテレビ持っていない).

なお,すでに放映は終了しているので,たまたま見た人以外は,見ることはないはず.

しかし,テレビに映る仕事の人って,常に自分(の仕事)を客観視しながら生きているって考えると「すげーな」と思う.

2022年6月7日火曜日

マジレス禁止にマジレス

結末が失われた物語は,そのままが美しいのか,不完全な補完が必要なのか,と問われたら,私は,圧倒的に前者を支持する.

「ベルセルク」の連載再開について.

まあ,失われてしまった作者の構想ノートをマンガ仕立てにして発表する,ということでしかないので,それについて,是非もなにもない.ただ,それがどんなかたちになったとしても,失われてしまったモノを強調するだけでしかないのは事実で,だからこそ,やらない方が良いんじゃないの,と思っている.

みんなが見たかったのは,三浦建太郎先生が画き切った「ベルセルク」の完結であって,そうではない形で示されたプロットの確認がしたいわけではないのでは?

……まぁ,出たら読むけれど……と書きかけたけれど,やっぱり,読まない気がする.

2022年6月1日水曜日

相似な事象

 10数年前から観測されているけれど,ここ数年に顕著になった事例のひとつに「ファスト映画(※)」がある.映像の n 倍速再生とかも,この仲間かな.

※大前提である著作権侵害とかの部分は,今回の話と関係ないので,とりあえず置いておく.

私は,バックボーンとして元映画オタで,映像作品が大好きなので,そもそも,単にあらすじだけを追いかけるようなコンテンツ消費とか,n 倍速して「作られた時間」を無視するような視聴姿勢などを理解できないし,いかなる理由でも賛同するつもりは一切ないです.別に,そういう人と喧嘩する気はないけれど,根本的な思想や宗教が違う人なんだと思います.

ただ,よく考えると,近年になって動画編集技術が簡易化したり,機器に n 倍速再生機能が標準化したことで,いわば「要約」「時短」界の最後の牙城だった映像コンテンツが要約できるようになってきたので,こういう議論が沸き上がっているだけだよな,と最近になって気付きました.

昔から,相似な事象はいっぱいあって,はるか昔から長編小説のダイジェスト版みたいなものはあったし,様々なジャンルで「n 分で完全理解」みたいなものはベストセラーになってきたわけです.もう少し広げると,例えば,音楽を聴いているときに主旋律やボーカルの歌だけを聴く人とか,絵を眺めているときに背景知識などに一切興味を持たずに絵面だけを眺めて通過してしまう人なども,対象とする媒体は違っても,全体を構成するもののなかで目立つものを消費して終わるという意味で,同じ種類の人で,それらは古くからいるし,誰もがなにがしかのジャンルにはそういう態度を取っている面があるのだなと気付きました.だって,例えば,ほとんどの人は,その辺に落ちている適当な石ころを眺めて楽しむこととかできないでしょ?(私は地質の知識があるので,かなり楽しめる)

まぁ,そういった触り方しかする気がないジャンルに,わざわざ手を出す理由も分からないし,あらゆるものに対して触ることくらいしかしない人は,最早,理解の外だけど.