通勤中に母校の敷地を通るんだけれど(というか,職場が母校に入り組んでいる),朝,妙に若者がたくさん居るなぁ,とか思っていたら,どうやら,今日は母校の二次試験だった模様.
そんなわけで,上司と受験の話とかしてたんだけれど,もう干支一周以上しているので,当時の記憶がだいぶ曖昧だったりして,ときの流れを感じるなど.
2015年2月25日水曜日
2015年2月23日月曜日
2015年2月22日日曜日
2015年2月21日土曜日
耐えられない苦痛
あのさー,2 時間もかけてあのクソ映画見る時間があったら,頼むから堀辰雄の「風立ちぬ」だけでも読んでくれよ…….中編だし,3 時間もあれば読めるから!青空文庫でタダで読めるから!
http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4803_14204.html
未来永劫「風立ちぬ」という言葉が,あのクソ映画に汚され続けるとかマジでありえない.
http://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/4803_14204.html
未来永劫「風立ちぬ」という言葉が,あのクソ映画に汚され続けるとかマジでありえない.
2015年2月20日金曜日
きづいたこと
「SHIROBAKO」が本当に面白い.まだ終わっていないけれど,'10 年代のアニメ史には確実に残る名作になるだろうし,(元々,評価高いけれど)水島監督の評価もすごく上がると思う.そんな,「SHIROBAKO」を見ていて,なんで「風立ちぬ」はあんな良さを感じないアニメだったのか,ということに気付いた.
このふたつのアニメの共通項は「ものを作ることへの情熱」を描いているところだと思うけれど,かたや過去の栄光にすがるだけの出涸らしに近い,辛うじてものを作るという "作業" をしている老い耄れの過ぎ去りし情熱への憧憬を描いた作品,かたや気鋭の俊英であり「働き過ぎ」という評価がなされるほどの監督の制作への現在進行形の熱意を反映した作品なのだから,出涸らしの過去の自分を美化(過大評価)したオナニー作品がつまらないのは当然とも言える(そう考えると,出涸らしよりもっと先輩にあたる高畑監督の「かぐや姫の物語」を作れちゃう熱量はマジパねぇ…….「かぐや姫」は,高畑監督の「今の技術を使えばアレもできる!コレもできる!あ!アレも試してみよう!アニメ制作マジ楽しい!」感がすごい作品だったもの).
たぶん,「風立ちぬ」が「いい」と感じる人は,過去の情熱や熱に浮かされて全霊を捧げていた時代への憧憬に共感できる,もう挑戦をやめちゃった人なんじゃねーかな,と思う.そう思うと,あの映画を「いい」と感じる日がきて欲しくないなと思ったり……
このふたつのアニメの共通項は「ものを作ることへの情熱」を描いているところだと思うけれど,かたや過去の栄光にすがるだけの出涸らしに近い,辛うじてものを作るという "作業" をしている老い耄れの過ぎ去りし情熱への憧憬を描いた作品,かたや気鋭の俊英であり「働き過ぎ」という評価がなされるほどの監督の制作への現在進行形の熱意を反映した作品なのだから,出涸らしの過去の自分を美化(過大評価)したオナニー作品がつまらないのは当然とも言える(そう考えると,出涸らしよりもっと先輩にあたる高畑監督の「かぐや姫の物語」を作れちゃう熱量はマジパねぇ…….「かぐや姫」は,高畑監督の「今の技術を使えばアレもできる!コレもできる!あ!アレも試してみよう!アニメ制作マジ楽しい!」感がすごい作品だったもの).
たぶん,「風立ちぬ」が「いい」と感じる人は,過去の情熱や熱に浮かされて全霊を捧げていた時代への憧憬に共感できる,もう挑戦をやめちゃった人なんじゃねーかな,と思う.そう思うと,あの映画を「いい」と感じる日がきて欲しくないなと思ったり……
初めての体験
手間取っていた作業が一段落した午前 10 時半頃,コーヒーを啜りながらメールチェックしていると職場の自分のデスクの電話が鳴った.基本的に自分のデスクに電話がかかってくることなんてほとんどない上に,かかってくる相手とタイミングはだいたい固定されているので,「こんな時間にいったいなんだろう?」状態で電話に出ると,流れたのは機械音声.「なんかヤバい電話取っちゃった!?」または「なんかの悪事が露見して職場まで特定された!?」とオロオロしながら聞いていると,どうやら某マスコミのいわゆる電話口世論調査の模様.そんなわけで,てきとーにボタンを押してアンケートに答えて終了.
こういう調査って母集団によらずサンプル数は 1000〜2000 くらいだと思うんだけれど,固定電話の加入数から考えて,当たるのは,結構低い確率な気がする(3〜5 万分の 1 くらい).こんなものが当たるくらいなら宝くじでも当たってくれればいいのに,と思いました.
こういう調査って母集団によらずサンプル数は 1000〜2000 くらいだと思うんだけれど,固定電話の加入数から考えて,当たるのは,結構低い確率な気がする(3〜5 万分の 1 くらい).こんなものが当たるくらいなら宝くじでも当たってくれればいいのに,と思いました.
2015年2月19日木曜日
ふーふべっせい
選択的夫婦別姓の話題が盛り上がっているのは一体なんだろう,とググったら,裁判のニュースを見付けて,なるほど,と思った(←いまここ).
僕自身は,どちらかというと選択的別姓支持派で,この間,婚姻届を書いたときにも「まだ,選択的夫婦別姓って制度化されていなかったんだっけ?」とか思っていた程度の無関心なんだけれど(そもそも婚姻というシステム自体が疑問な人なので),そもそも,姓が異なること(または,姓を変えること)でどの程度影響があるのかがよくわからない.
ただ,この間,婚姻届を書いたときに思ったのは,姓を変えること事態は面倒くさそうだなということと(特に日常,旧姓を用いるとしたときにふたつの名前があるとなおさら),姓を同じくすることに幸せを感じる人がいるのだな(結婚の実感と言ってもいい),ということ.結局,僕の場合は,(手続きが面倒くさいからそっちが変えてねという俺様理論と,姓が変わると色々面倒くさいとされる過去の業績との整合性という観点で業績数勝負に勝ったので)自分の姓は変えなかったんだけれど,可能な限りは結婚相手が旧姓で活動してくれて構わないと思うし,業績数で負けていたらこっちが変えていただろうし,じゃんけんで決めたっていいと思うわけで,(多くの場合は)一生つきまとう姓の選択をよりフレキシブルにするというのは,至極,真っ当な話だと思う.
とはいえ,別姓にしたいと強硬に思う人にとって,姓が変わることで生じる不都合がどれほどの規模なのかというのも,実のところ,よくわからない.現行の戸籍制度を大きく変えるためにかかるコストと照らしたりとか考えると,更によくわからない.姓が変わった人を見たって,「結婚(離婚)したんだな」としか思わないわけで,いんたーねっつのなかった情報化社会以前ならともかく,いまどき,過去の業績を現在の個人とアイデンティファイできないなんてこともほとんどないわけで……(そもそもそういう場での旧姓利用はだいぶ進んでいるんじゃないかと.もちろん,ふたつの姓をもつという不都合はあるとして).
こういう話になってくると,根本的に婚姻というシステムに疑問がある僕ちゃんとしては,そっちをとっとと変えたらいいんじゃねーの,とか思っちゃうんだけれど.
だらだらと駄文を重ねてきてなんだけれど,この件,論争になってしまっているのは,実は「姓」とか「家族制度」とか「現行のシステム」とか,議論や理性で解決のはかれるところではなくて,もっと感情的な部分の "「異質」な人間への生理的な畏怖" にあるんじゃないかと思っている.これだけ選択的別姓支持な僕でも,別姓を維持するためだけにわざわざ離婚してまで事実婚を選択したりとか,裁判を起こしてまで別姓を勝ち取りたいというバイタリティーには,正直,やや違和感をもったりもするのだ(もちろん,その事情は察せるし,違憲判定が出て選択的別姓制度が確立することになれば喜ばしいことなんだけれど).国民の大多数である「別姓を選択したい」なんて人生で一度も考えたことがない人にとって,「別姓に拘る人」や「選択的別姓支持の人」というのは,彼らの人生の中であまりに "異質" で,理性や論理の外にある畏怖の感情を巻き起こすであろうことは想像に難くないし,そういう人に感情を排除した理解を求めても無駄なことなのだと思う.感情ってそういうもんだしね.僕個人は,そういうロジックの外にある感情も大事にしたい人なので,「○○が理解できないなんて論理的じゃない」という論調で,こういう層やその感情を論敵扱いするのは,なんか違う気がするのです.
この辺,「異質」に「同性愛」とか,そういうものを当てはめても同じ現象が起こることなので,「異質」に対する生理的な畏怖というネタで何か書けるかも,とか思ったり思わなかったり.
--
追記:この記事を書いた後にちょっと調べてみたら,選択的夫婦別姓は賛成・反対が半々くらいなのね.見付けたいくつかのアンケート結果では,反対がやや多いという程度.
僕自身は,どちらかというと選択的別姓支持派で,この間,婚姻届を書いたときにも「まだ,選択的夫婦別姓って制度化されていなかったんだっけ?」とか思っていた程度の無関心なんだけれど(そもそも婚姻というシステム自体が疑問な人なので),そもそも,姓が異なること(または,姓を変えること)でどの程度影響があるのかがよくわからない.
ただ,この間,婚姻届を書いたときに思ったのは,姓を変えること事態は面倒くさそうだなということと(特に日常,旧姓を用いるとしたときにふたつの名前があるとなおさら),姓を同じくすることに幸せを感じる人がいるのだな(結婚の実感と言ってもいい),ということ.結局,僕の場合は,(手続きが面倒くさいからそっちが変えてねという俺様理論と,姓が変わると色々面倒くさいとされる過去の業績との整合性という観点で業績数勝負に勝ったので)自分の姓は変えなかったんだけれど,可能な限りは結婚相手が旧姓で活動してくれて構わないと思うし,業績数で負けていたらこっちが変えていただろうし,じゃんけんで決めたっていいと思うわけで,(多くの場合は)一生つきまとう姓の選択をよりフレキシブルにするというのは,至極,真っ当な話だと思う.
とはいえ,別姓にしたいと強硬に思う人にとって,姓が変わることで生じる不都合がどれほどの規模なのかというのも,実のところ,よくわからない.現行の戸籍制度を大きく変えるためにかかるコストと照らしたりとか考えると,更によくわからない.姓が変わった人を見たって,「結婚(離婚)したんだな」としか思わないわけで,いんたーねっつのなかった情報化社会以前ならともかく,いまどき,過去の業績を現在の個人とアイデンティファイできないなんてこともほとんどないわけで……(そもそもそういう場での旧姓利用はだいぶ進んでいるんじゃないかと.もちろん,ふたつの姓をもつという不都合はあるとして).
こういう話になってくると,根本的に婚姻というシステムに疑問がある僕ちゃんとしては,そっちをとっとと変えたらいいんじゃねーの,とか思っちゃうんだけれど.
だらだらと駄文を重ねてきてなんだけれど,この件,論争になってしまっているのは,実は「姓」とか「家族制度」とか「現行のシステム」とか,議論や理性で解決のはかれるところではなくて,もっと感情的な部分の "「異質」な人間への生理的な畏怖" にあるんじゃないかと思っている.これだけ選択的別姓支持な僕でも,別姓を維持するためだけにわざわざ離婚してまで事実婚を選択したりとか,裁判を起こしてまで別姓を勝ち取りたいというバイタリティーには,正直,やや違和感をもったりもするのだ(もちろん,その事情は察せるし,違憲判定が出て選択的別姓制度が確立することになれば喜ばしいことなんだけれど).国民の大多数である「別姓を選択したい」なんて人生で一度も考えたことがない人にとって,「別姓に拘る人」や「選択的別姓支持の人」というのは,彼らの人生の中であまりに "異質" で,理性や論理の外にある畏怖の感情を巻き起こすであろうことは想像に難くないし,そういう人に感情を排除した理解を求めても無駄なことなのだと思う.感情ってそういうもんだしね.僕個人は,そういうロジックの外にある感情も大事にしたい人なので,「○○が理解できないなんて論理的じゃない」という論調で,こういう層やその感情を論敵扱いするのは,なんか違う気がするのです.
この辺,「異質」に「同性愛」とか,そういうものを当てはめても同じ現象が起こることなので,「異質」に対する生理的な畏怖というネタで何か書けるかも,とか思ったり思わなかったり.
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追記:この記事を書いた後にちょっと調べてみたら,選択的夫婦別姓は賛成・反対が半々くらいなのね.見付けたいくつかのアンケート結果では,反対がやや多いという程度.
2015年2月18日水曜日
タイトル
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4827992.html
ここに挙ってないのなら「第七官界彷徨」かな.「魚服記」とかもセンスあると思う.「暗夜行路」とか「高野聖」もいい(漢字のみのタイトルに惹かれる傾向).スレにも挙ってるし,「銀河鉄道の夜」は別格な感じ.
ここに挙ってないのなら「第七官界彷徨」かな.「魚服記」とかもセンスあると思う.「暗夜行路」とか「高野聖」もいい(漢字のみのタイトルに惹かれる傾向).スレにも挙ってるし,「銀河鉄道の夜」は別格な感じ.
2015年2月15日日曜日
2015年2月11日水曜日
2015年2月10日火曜日
アートの問題
巷ではティラノサウルスにもさもさと羽毛が生えた絵が大流行していて,一般の人だけではなくて古生物マニア(not 専門家)まで巻き込んで阿呆みたいに盛り上がっているみたいだけれど,なにが楽しいのかよくわからない.それは,ただの絵だ.判断できるのはアートとして優れているかどうかであって,学問とは何の関係もない.それだけ.
例えるなら,初音ミクをモチーフに二次創作絵を書いてお互いに見せあっていた集団の中で,誰かがちょっと奇抜な衣装を着せたことに端を発して,初音ミクのソフトの仕様と絵の衣装に関して大仰に議論しているくらい論点のズレた馬鹿げた話なんだよなぁ…….
そーいえば,古生物学三大不毛議論ってなんだっけという話をしているときに「復元!」とか(「それ古生物学じゃないじゃん」という意味で)ピントがズレた発言をしていた彼は今回の件に関してなんかまたアホなことを喚いているんだろうか……(遠い目)
この辺,真面目に書く気も起こらないくらいどーでもいい話なんだけど,アウトリーチ絡みで,ちょっとどこかに書くかも.
……というか,似たようなことは書いてたか.→
まぁ,アウトリーチとアートと広報活動の話は,書いておいてもいいかもしれない.
例えるなら,初音ミクをモチーフに二次創作絵を書いてお互いに見せあっていた集団の中で,誰かがちょっと奇抜な衣装を着せたことに端を発して,初音ミクのソフトの仕様と絵の衣装に関して大仰に議論しているくらい論点のズレた馬鹿げた話なんだよなぁ…….
そーいえば,古生物学三大不毛議論ってなんだっけという話をしているときに「復元!」とか(「それ古生物学じゃないじゃん」という意味で)ピントがズレた発言をしていた彼は今回の件に関してなんかまたアホなことを喚いているんだろうか……(遠い目)
この辺,真面目に書く気も起こらないくらいどーでもいい話なんだけど,アウトリーチ絡みで,ちょっとどこかに書くかも.
……というか,似たようなことは書いてたか.→
まぁ,アウトリーチとアートと広報活動の話は,書いておいてもいいかもしれない.
2015年2月9日月曜日
ぶるーはーつ
The Blue Hearts のカバーが使われているアニメがあると聞いて,不思議な気分になる.The Blue Hearts なんて,セックスとの親和性の高いサブカルの薄っぺらい青春ごっこの象徴みたいなもので(※),アニメとかそういう文化とは対極にあるような気もするんだけれど,さすがに,あの単純なパワーコードに紡がれる響きはコケティッシュな声優の声で歌われても気持ちのいいメロディーで,ポップな演出のアニメにカラッとしたロードムービーの雰囲気を漂わせていて,大変遺憾ながら,とてもいいと言わざるを得ない(作品が良いとは言っていない).
80' 年代のセックスに直結したアングラから出た音楽が,(大体僕らの青春時代にあたる)90' 年代末に伝説になってしまって,さらに解体された結果,メロディーと詩だけが 20 年経って,元の存在から遊離して響くというのはちょっとしたロマンかもしれない.
(※)この辺は大槻ケンジの「リンダ・リンダ・ラバーソウル」あたりが詳しい.大槻ケンジの小説の中でこれだけは読む価値ある.
80' 年代のセックスに直結したアングラから出た音楽が,(大体僕らの青春時代にあたる)90' 年代末に伝説になってしまって,さらに解体された結果,メロディーと詩だけが 20 年経って,元の存在から遊離して響くというのはちょっとしたロマンかもしれない.
(※)この辺は大槻ケンジの「リンダ・リンダ・ラバーソウル」あたりが詳しい.大槻ケンジの小説の中でこれだけは読む価値ある.
2015年2月8日日曜日
なんだったんだろう?
今朝,師匠から電話があって出たんだけれど,タイミングが悪く,向こうが電話を切ってしまったみたいで,繋がった瞬間に切れてしまった.こちらからすぐにコールバックすれば良かったのだけれど,遅めの朝飯を食っている最中だったので,「まぁ,重要な要件ならそのうちまたかかってくるだろう」と放置した結果,未だにかかってこないので,やや気になる.電話に出たときに聞こえた背後の音が,札幌駅の構内のアナウンスっぽかったこともあって,スゴく気になる…….つい,一週間前に電話があったときには,こっちに来るとか言ってなかったので,そういうことではないと思うんだけれど.
2015年2月7日土曜日
2015年2月6日金曜日
疲れてきた……
2015 年も 1/12 がとっくに終わっているんですって!
作業はいっぱいしている気がするんだけれど,ちっとも成果が伴っていないような.ちゃんと効率的に手役を育てているんだけれど,一向聴地獄みたいな.
作業はいっぱいしている気がするんだけれど,ちっとも成果が伴っていないような.ちゃんと効率的に手役を育てているんだけれど,一向聴地獄みたいな.
2015年2月3日火曜日
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