2015年6月18日木曜日

この味が……

この脚本 クソだなと思い エンディング 眺めていたら 花田十輝

2015年6月17日水曜日

焼死したり頭に当たったり

恐竜の絶滅の原因論に関して(というか,私の立場上,K-Pg boundary event に関して,というべきか?),一般の人の多くも「隕石衝突」がその大きな要因になったということは知っていると思う.でも,具体的に,隕石衝突の結果どうなって,どういう風に恐竜が絶滅したのかということについては,あんまり知られていないようで…….

よく見かけるのが,隕石が恐竜の頭に降ってきて死んでいるみたいな図なんだけれど,今回,それなりに信頼の置ける一般向け科学ネタ雑誌で,「隕石の衝突で発生した森林火災で焼死した恐竜」みたいな記述を見つけて脱力した.恐竜は,隕石にぶつかったり,焼死したりしていて忙しそうだし,大変だな,と思った.

なんか教養なすぎて泣ける……

文科省が,大学の改革をする云々に対して批判をしている人が「文科省は,ハゼの研究とかやっている皇族に,実学以外の役に立たない学問をやめろ,と言えるのか!?」みたいなことを言って批判しているんだけれど,見当外れすぎて噴いた.いわゆる「皇室科学」は,西洋で歴史的に行われてきた「貴族自然哲学」の流れを汲んだものであって,奴隷や臣民が働いて有閑な貴族たちが自然哲学をやってきたというのが転じて,象徴制の強い現代の王族や皇族には「自然哲学に代表されるような実践的に役に立たない学問をやらせとけ!」という,いわば,今の文科省の発想の延長線上にある考え方のものなんだよね.

まぁ,こういう教養の欠片もない発言をしているバカの存在そのものが,リベラルアーツとか実学以外の学問を軽んじている現代教育の弊害のようなものなので,上記の発言をした人は,結果的に,いまの文科省の考え方を批判しているということでよろしいのではないでしょうか?

2015年6月15日月曜日

信者

最近,だんだんと気付いてきたことだけれど,たぶん,僕は,Apple 信者だったわけではなく,ジョブズ信者だったらしいということ.ジョブズが実質的に経営から引退した頃からいままで,Apple の製品に関して以前ほどの魅力を感じなくなってきているし,なんか自分の好みとかポリシーと「ズレてる」感が強くて,ほとんど新規購入の食指が動かない(Apple Watch はものすごく興味あるところだけれど,実際出てみたら,なんか「ちがう」ので購入には至っていない).

まぁ,だからといって,Android 携帯を持ったり,windows を使うかと聞かれたら,No なんで,やっぱり,マック信者なのかな.まぁ,どうでもいいや.

2015年6月4日木曜日

無責任な意見をいう

チンパンジーが「調理」の概念を「認知」する「能力」があったというニュース.

このニュースは,日本語のものの中では,それなりに詳細を書いてある記事と論文のアブストを読んだだけなんだけれど,従来の類人猿の「学習」に関する研究との差異がいまいちピンとこない(そもそも「学習」に関する研究もよく知らないけれど).多くのチンパンジーが火を通したものを生のものより「美味い(好ましい)」と感じているようだということと,積極的に「美味い(好ましい)」ものを得ようとすることは面白いかもしれないけれど(これは,いわゆる棒と天井に吊るされたバナナを使った実験との大きな差異である).

さらにいうと,調理の起源云々の言説とか,「調理を認知する能力」を共有派生形質みたいに扱う言説は,かつて今西錦司がハマった闇の匂いがプンプンしてくるので,なんともモニョってしまうのであった.

--

論文: http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/282/1809/20150229

(「能力」という単語の使い方の問題で,結局,脳の物質(物理)的な機能の問題なのかもしれないけれど,よくわからない.論文(のアブスト)中では psychological ability という用語を使っているのだけれど,こういう用語の扱いも門外漢のわたくしには判断が効かないのでなんともかんとも.そもそも,論文全部読んでないし!←だからこそ記事のタイトルの通り)

(そもそも,「調理の定義」を「火によって好適なものを得ること」に求めているんだけれど,その場合,「調理」に近似したある作業を行うことで「好適なものが得られる」ことを「認知」できることよりも(今回の実験はこれ),「火」を「道具」として安全に御する「方法」を「認知」することのほうが,よっぽど大きい問題じゃないかな,とか思う(このことはアブストを読む限り,著者も認識している).今回の実験で使われた "道具" は,火ほど危険なものじゃないわけで,これは「棒と天井バナナ実験」と「幸島のサルの芋洗い」の組み合わせのようなもので,それほど目新しさや斬新さを感じないんだけれど,実は,こういう発想自体今までなかったのかしら?)

2015年6月3日水曜日

机の下

「地震のときには机の下に隠れろという常識を疑おう」といった内容の記事を最近よく見かける.記事を読むと,家屋倒壊の際に生存率が高いと言われている「三角スポット(ベッドの脇など)」と呼ばれるゾーンの解説(これ自体は間違っていない)なんだけれど,それと同時に「机の下に潜る」という行動が間違っているかのような誘導がなされていることが多く,それがとても気になる.

「机の下に潜る」という行動の目的は,落下物から身を守ることにある.地震の際に,家屋が倒壊して屋根が落ちてくる確率と落下物が降ってくる確率のどちらが高いかと考えれば,どういう行動をとるべきかは明らかだろう.そもそも,ある程度以上に丈夫な机の下は,当然,「三角スポット」でもある.

地震のとき,「三角スポット」だからといって,頭上がガラ空きのソファーやベッドの脇に身を縮こめていたら,上から降ってきたものに当たって頭に怪我をしました,なんてことになったら,笑い話にもならない.

「三角スポット」に関する知識を持っておくことは,もしもの大地震のときの生存率を上げてくれるという意味で,非常に重要だけれど,とりあえず「机の下に潜る」という行動をとれることの方が,ずっと大事なのだ.

あと,東北地方太平洋沖地震を仙台で体験した人間としていわせてもらうけれど,地震の最中で「三角スポット」云々なんて考えて行動できるような精神的・身体的(揺れ的な意味で)余裕なんて,絶対ないと断言できる.そもそも,まともに立っていることもできないから,危険の少なそうなところまで這っていってうずくまるのが関の山です.あとはもう運だね.

2015年6月2日火曜日

どっちの影響?

常々,疑問に感じていたことだけれど,いわゆる「ゆとり」と総称される世代のもつ価値観って,ゆとり教育を受けたことによって,世代特有の価値観を得たんじゃなくて,いわゆるデジタルネイティブとか言われるような環境を無条件で与えられている結果として形成された価値観を共有している世代なんじゃないかということ.いわゆる「ゆとり」にまつわる話の大部分,それこそ巷間のバカ話から,ある程度の母数の統計データから考察されているものまで,ポジティブなものネガティブなものに関わらず,いわゆるデジタルネイティブ論と重なっていることが多くて(そりゃ,ほぼ同世代をターゲットにして語っているんだから当然なんだけれど),影響としては,学校(笑)なんかよりも,日常的に接していたいんたーねっつのほうが,価値観の形成には大きな影響があるんじゃないかと.

世代に関わらず,ネット(の暗部)にどっぷりな人(ネトウヨでも 2ch 脳でもなんでもいいんだけれど)って,わりと,「ゆとり」的よね,とか.