2019年1月30日水曜日

抽象的な話2

今度は,特定しないためにボカす.

--

あるネット上のある科学系の学識ぶったクラスタで,ちょっとしたネタが沸いているのを見た.そのネタが明らかにその学問の基本中の基本を理解していない内容だったにも関わらず,それについて何故かちゃんと議論が成立していた(本当のはじめから流れを見ていたわけではないので,くそネタを弄って議論風に遊んでいたのかもしれないけれど).

そんな不思議な光景を見たので,話の展開をちょっとだけ遡ってみたところ,そのクラスタのオピニオンリーダー的な人が,議論をミスリード(というのは言葉が違うんだけれど.何しろ根本的に間違っているから)していたことがわかった.

それがいいとか悪いとかいう話ではなくて,そのクラスタにいる人たちは,その場に書き込んでいるのに使っている箱を使えば,いま目の前で展開されている言葉のやり取りが根本的に間違っているということが簡単に調べられるということに気付いていないということが恐怖だった.つまり,そのオピニオンリーダーの知識や各議論参加者のその時点で保有している知識を上限にした議論しかなし得ていなかったということで,かつ,それが学問系クラスタやら議論を名乗っていて,それがおかしいと思っていないということだ(具体を知っているが故に抽象的に書くのが難しい.要は,バカがもっとバカととんでも理論の構築をしようとしているところを目撃したという話).

何度も書くけれど,その間違いは,その分野に明るければすぐにわかるものだし,その時点では,不勉強ゆえ知らなかったとしても,ググればすぐわかるレベルのもの(教科書を読む,とかじゃなくて,ググればわかることを確認した).

基本的に,議論の途中でわからないことが出てきたら,相手が目の前にいてもググって調べたり(または相手に聞いたり),自分が弱い部分についての話だったら,教科書なり論文なりを手元に置いて,相手と確認しながら話したり,議論の立脚点について誤謬がないかどうかを確認・共有したりというのが当たり前な世界でしか生きてきたことがなかったので,かなりの衝撃だった.とんでも理論とか陰謀論とかができる仕組みを観察できたというか…….

0 件のコメント:

コメントを投稿